第4章 初デートと恋愛お約束条項⑥

 土曜の午前。


 美月との約束は正午に駅前で待ち合わせだ。少し早めに家を出た俺は街中をバイクで流し、十分前に駅の駐輪場に着いたバイクを駐め、悪戯防止にコインロッカーにヘルメットを預け、駅前に向かう。


 駅前のバス停には既に美月が待っていた。俺の姿を見つけると背伸びをして大きく手を振る。


「センパーイ!」


「おす」


 近づくと、美月の方から駆け寄ってきた。


「バイクの音したんでそろそろ来るなって。今日はよろしくお願いします!」


 そう言って笑う美月の姿は新鮮だった。初めて見る私服姿。襟のついたチェックのワンピースで、同じ柄のタイをリボンの様に結んでいる。ウエストを絞るベルト? も同じ柄で、やはりリボンのように結んでアクセントをつけていた。


「どうですか? 可愛いですか? 初デートなんでガーリーにしてみました!」


 美月が俺の視線に気付いたのか、ワンピースの裾をつまんでその場でくるりと回る。


「見違えた」


「素直に褒めてくださいよー」


「……可愛いんじゃねえの」


「センパイからお褒めの言葉をいただきました! 感激です♡」


「さ、飯食いに行こうぜ」


「反応がドライ過ぎる……」


 歩き始めた俺にぼやきながら着いてくる美月。


「何食いたい?」


「……どこかお店を予約とかは」


「俺にそんなことできると思う?」


「……OKです! 高校生ですもんね、学生らしいデートをしましょう!」


 何かを呑み込んだらしい美月がそう言う。そりゃあお前は俺の十年後を知ってるかもしれんが、俺は俺だよ、そういうのは十年後に期待してくれ。


「じゃあモール行きましょうか」


「おう」


 駅の近くには複合施設がある。美月が口にしたのはそれだ。ショッピングモールに映画館やフードコート、レストランなどが併設されている。カフェもあるし、まあ学生らしいデートというなら外さない――のかな? デートなどしたことがないからわからないが。


 というか、端からそこで昼食にするつもりの駅前待ち合わせだ。正直、次があるので昼食にあまり金を使いたくないというのもある。


「……ところで美月、お前ここまでどうやってきた?」


「……自転車ですけど」


「じゃあ解散も駅前でいいのな?」


「……そうですけど、出会い頭に解散の話をするのはどうなんですか」


「や、確認しとかないと」


「……それはそうかもですけど」


「けどばっか。お前が食べるもん選んでいいから」


「んー、確かパスタ屋のチェーン店入ってましたよね?」


「あるな。パスタにする?」


「ええ、Sサイズ三つくらい頼んでシェアしましょう?」


 機嫌が直ったのか、美月に笑顔が戻る。


 そうして連れ立って複合施設に向かう。学校と違う装いの美月は制服姿とはまた違う華やかさが輝いて人目を引いたが、当の美月は意に介さず俺だけを見ていた。


 それはなんというか、こう――……まあ、うん、なんだ、悪い気はしなかった。




   ◇ ◇ ◇




「ご馳走様でした、美味しかったです。幸せでした!!」


 宣言通り二人で三種のパスタとそれぞれデザートを食べ、レストランを後にする。どうやら美月は満足したようだった。


「実はここ好きなんですよー。ここでご馳走してくれるだけで私の好感度すっごい高まるんで憶えておいてくださいね?」


「……トリビアということか」


「私の機嫌の取り方がつまらない知識だと?」


「わかってんじゃん」


「初デートなのにセンパイが平常運転過ぎる……」


 美月は泣き真似をして見せて、


「さ、お昼は済みましたけど――……これで解散ってことはないですよね?」


「お前も大概切り替え早いな」


「センパイと一緒にいると鍛えられるので――で、どうでしょう」


「ないことはないかもしれないということはない」


「なんなんですかそれは……さては私と一緒にいたいのを認めたくない感じですか? 恥ずかしがるセンパイも可愛いですよー」


「お疲れ。また来週な」


「ジョーク! JKジョーク!」


 立ち去ろうとする俺に美月は女子離れした瞬発力で縋りつく。


「セーフ!」


「どこもセーフじゃねえ」


「ちょっとじゃれただけじゃないですかー」


「うるさい」


「んもう! そんなこと言ってホントは……おおっと、この口が悪いんです。私じゃないんですよー?」


 言って美月は口の前で左右の人差し指で×を作った。いちいち可愛いんだよ、くそ。


「で、これからどうします? センパイのことだからノープランですよね?」


「いや、考えてあるけど」


「まあいいですよ―、お休みの日に一緒にいられるだけで嬉しいですし。カラオケします? それとも映画にしますか? 今なんか一緒に観て雰囲気作れそうな映画やってますかね?」


「だから考えてある」


「……解散?」


「それがいいならそれでもいいけど」


「ホントに考えてきてくれたんですか?」


「まあな。むしろ昼食これはついで」


 告げると美月は両手を胸の前で組んで思い切り顔を綻ばせた。


「行きたい! センパイのプランニングデート!」


「じゃあ駅前戻るぞ」


「……電車に乗るんですか?」


「惜しい、バス」


「……この辺りのバスで行くようなデートコース……? いや、多分考えない方がいい、ような?」


 俺の答えに不安げに呟く美月だが、はっとして頭を振る。


「た、楽しみです!」


「無理しなくていいぞ」


「いや、今日はセンパイが本気中の本気でもう帰りたいと言うまで一緒にいるつもりですので!」


「その決意もどうなんだ……」


 そんなやり取りをしながらショッピングモールを後にする。


 さて、美月の奴が喜ぶかどうか。


 十中八九喜ぶとは思う、最終的には。


 ……外したら嫌だなぁ。




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