第4章 初デートと恋愛お約束条項⑤
「――それでは本日の定例会議はこれで終了とします。お疲れ様でした」
会長――柑奈さんがそう締めると、他全員が「お疲れ様でした」と返す。俺と美月もそれに倣うと、柑奈さんと目が合った。柑奈さんは満足そうに頷いて、
「じゃあこれで解散です。ええと――藍子ちゃん、少しだけ留守番しててくれるかな? 私、二人と一緒に峰岸先生に報告してくるから」
「いいよ。行ってらっしゃい」
「うん、ありがとう」
田切さんに見送られる形で柑奈さんが立ち上がる。
「じゃあ行きましょうか。若林くんも一緒に行く?」
「ああ。どうせ行き先は一緒だしな」
副会長も先生に用があるのか?
そんな疑問が顔に出たのか、柏と田切さん、阿樹さんを残し生徒会室を出ながら若林さんが教えてくれた。
「オレはフットサル同好会に入っていてな。執行部顧問の峰岸先生はフットサル同好会の顧問もしてくれているんだ」
「ああ、それでこれから部活に合流する先輩と行き先が同じ、ってわけすね」
「そういうこと」
「副会長は部活と生徒会、両立してるんすね」
「運動部との掛け持ちは難しいが、文化部や同好会なら問題ないよ。書記の阿樹さんも文芸部と掛け持ちしている」
廊下を四人で歩きながらそう話してくれる。
「会長と会計の田切さんは?」
「私はしてないよ。生徒会だけ。藍子ちゃんも帰宅部」
「姫崎くんは――アルバイトをしているんだよな、部活動はしていないのかな」
「そうすね、帰宅部です」
「そうか。我妻さんはまだ無所属だろう? 部活発表会で気になる部はあったかい?」
若林さんが美月にも話を振る。なんだろう、コミュ力高いなー……そりゃそうか、副会長をやろうなんて人がコミュ不全なわけないか。
問われた美月は少し考える素振りを見せて、
「んー、今のところ部活はいいかなって感じですねー」
「そうか――まあ執行部も一年限りの部活動みたいなものさ。楽しんでやってくれると嬉しい」
「はいでーす」
にぱっと笑って答える美月。そんなことを話ながら廊下を進み――渡り廊下を渡る。その先は目的の第二体育館だ。全校集会などで使われる講堂を兼ねた体育館と違い、一部の体育の授業でのみ使われる施設。体育教師の準備室も併設されているので小さい狭いという印象はないが、第一体育館に比べるとやや古めかしい。
その体育館に入っていく柑奈さんと若林さん。俺と美月がそれに続く。
入った途端、運動部の熱気に晒された。シューズが床をこする音、竹刀と竹刀がぶつかる音。放課後の体育館に用がないので知らなかったが、第二体育館は剣道部とフットサル同好会が使用しているらしい。
真ん中をネットで仕切り、校舎側を剣道部、奥をフットサル同好会が使っているらしい。そのまま壁伝いに奥へと向かう。
フットサル側のスペースには、幾人かの生徒に混ざりだらだらとプレーをする教師がいた。
「峰岸先生」
近くまで行き、柑奈さんが声を張る。呼び止められた教師は俺たちに気付くと、近くにいたプレー中の生徒に声をかけつつコートから出てきた。
「おう、お疲れ――若林、俺の代わりにコート入れ」
「ええ? まだ着替えてもないんですが」
「ミニゲーム、いい勝負してんだよ。俺が抜けたらバランス悪いだろ。もう何分もないからそのままやれよ」
首にかけていたストップウォッチを若林さんに渡し、その峰岸先生が言う。俺は面識がないから知らなかったが、随分と気さくというか、ざっくばらんな人のようだ。
ストップウォッチを受け取った若林さんはしぶしぶといった様子で制服の上着を脱いだ。そしてストップウォッチを首にかけてゲームに参加する若林さんを見送って――
「お疲れ様です、峰岸先生。定例会議終わりました」
「ご苦労さん」
柑奈さんがそう言うと先生は満足げに頷いた。
「議題も特に問題なく、草案ままで決定です」
「わかった。そんじゃあ来週頭にでも議事録見せてくれ。臨時生徒集会の件、校長に持っていくから」
「お願いします」
「――で、そっちの二人が柏の後任か」
ジャージ姿の峰岸先生が俺と美月に目を向ける。短髪で無精ひげ、あまり精悍とは言えない姿のアラサー体育教師だが、不思議と不快感はない。生徒と距離が近い――そういうタイプなのかもしれない。
「二年の姫崎颯太くんと、一年の我妻美月さんです。我妻さんが庶務になります」
「姫崎です、よろしくお願いします」
「我妻美月です、よろしくお願いします」
柑奈さんの紹介を受けて頭を下げる。美月も。峰岸先生は俺と美月の顔を交互に見て、
「二人とも、俺の受業受けてないよな?」
俺は受けていないし、美月もそのようだ。二人で頷いて返すと、
「体育科の峰岸崇だ。生徒会は会長がしっかりしてるからな、俺は基本確認とか他の先生方との折衝とか、その手の仕事しかしてない。そもそも生徒会は生徒たち任せるもんだと思っているし、俺から指導することはあんまりないと思うけど、まあよろしくな」
「はい」
「はい」
「おし。現メンバーに悪い奴はいないから、まあ楽しくやってくれや。深町、今日はこれで解散か?」
「はい。私は残って作業を少ししておこうかと」
「そうか。あんまり遅くまで残るなよ。あと戸締まりしっかりな?」
「はい先生。それでは私たちはこれで」
「おう。お前らも気をつけて帰れよー」
「はい」
「失礼しまーす」
取りあえず用件は済んだ。三人で峰岸先生に頭を下げ、体育館を後にする。
体育館を出たところで、柑奈さんが言った。
「……少しいい加減に見えるところもあるけれど、生徒想いでいい先生なんだよ」
「まあ、そんな感じすね」
「アラサーぐらいですかね? 女子生徒にモテそうな先生ですねー」
「二十八、九ぐらいじゃなかったかな。そうだね、こないだのバレンタインは結構チョコ貰ってたみたいだよ。お返しどうしようって相談された」
「やー、それは結構大変だったでしょうね。立場的に返さないのもアリですけど……」
「結局小分けのマシュマロ沢山用意して、男子女子関係無く配ってたよ」
「それはいい手ですねー。不公平感もないですし」
……なるほど、気遣いができる先生のようだ。
「羨ましいですね、センパイ?」
「なぜ羨ましいと思うんだ」
「あんまり……というか貰えなかったでしょ?」
「……まあ、チョコを貰ったことはないが」
ああ、そうか、多分未来で俺が今までバレンタインに縁がなかったことを俺自身から聞いているのか。
「今年は……ていうか来年ですけど。今度のバレンタインは期待していいですよー」
「市販のモノで頼む」
「手作りを拒否られた!?」
「いやだってさ、お前の手作りチョコとか得体の知れないものが入ってそうだし」
「そりゃあバレンタインですよ? 乙女のスパイスぐらいは混入させるでしょうが」
「市販のモノで頼むな?」
「マイルドな言い方ですが断固たる意思を感じます……」
およよ、と泣き崩れる真似をする美月に、柑奈さんがくすくすと笑った。
「私はこれで生徒会室に戻るけど、二人はどうする?」
「……なにか手伝うような仕事はあるんです?」
尋ねると、柑奈さんは少し考えて――
「ん、んー……特にはないかな」
「それなら今日はこのまま帰ります」
「です」
丁度昇降口に差し掛かり――俺と美月は足を止める。
「そう。じゃあ二人とも、気をつけてね?」
「はい、どうもっす。お疲れ様でした」
「お疲れ様でしたー」
別れを告げると、深町さんは胸元で小さく手を振って生徒会室に向かって行った。
それを美月と並んで見送って――
「さて、私たちも帰りましょうか」
……なんだと?
「何ですか、その顔」
「――や、てっきり今日はバイトないですよねどこか一緒に行きましょうとか言われるのかとばかり」
「言ったら連れてってくれるんですか?」
「いや? バイトないし明日の休みはお前に使うだろ? 今日はそこら辺流して帰るよ」
「でしょうね……」
右手でアクセルを捻る仕草を見せつつそう言うと、美月は不服そうな顔を見せたが――
「でも、並木道は一緒してくれますよね?」
「ああ。ほら、靴履き替えてこい」
「はーい」
明日の約束があるせいか、美月は機嫌良く自分の下駄箱に向かった。
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