第4章 初デートと恋愛お約束条項②

 翌日――二度目の弁当の日。昼休みに中庭に赴いたわけだが、ベンチに美月の姿はなかった。


 一年の教室は三階で、二年の教室は二階。俺が購買に寄らなければこうなるだろうな。


 ベンチに腰を下ろし、そう間を置かず――


「センパーイ」


 小走りで校舎から出てくる美月。


「センパイ早いです。ベンチでセンパイを待ってるのが好きなのに」


「購買に寄ってないからなー……そら俺の方が近い分早いだろ」


「……水曜の四時間目が移動教室になるってことは」


「ねえよ。今年いっぱい水曜四時間目は数学だよ。年度の途中で受業変わったりしないだろ」


「デスヨネー」


 言いながら美月はスカートを捌いて俺の隣に座る。そのままテキパキと弁当袋から小さめの弁当箱を取り出す。それを自分の脇に置き、続けて取り出した大きめの弁当箱を俺差し出し、


「はい、どうぞセンパイ」


「おお――ありがとうな」


「美味しいですか?」


「まだ蓋を開けてすらいねえ」


「ハリィ!!」


「弁当食わすテンションじゃねえだろ、それは」


 美月に急かされながら弁当の蓋を開ける。


 ――見事な生姜焼き弁当だった。


 七割を白米と生姜焼きが占め、残りは卵焼きとサラダ。リクエスト通りの弁当だ。


「美味そう」


「それはそれは――生姜焼きは私の負担を考えてハンバーグと唐揚げを避けたメニューかなと邪推したんですけど、喜んでもらえたようで何よりです」


 ……おっと?


「美味しいって言ってもらうのが嬉しいんですから、何でも好きなものリクエストしてくれていいんですからね?」


 美月にはどうやら見抜かれていたらしい。


「生姜焼きも好きなんだ」


「知ってます――だから唐揚げハンバーグお弁当にしなかったんですよー」


 知られてた。っていうか何そのカロリー高そうなやつ……そんな弁当食べたら夕飯入らねえよ……


「ささ、見ててもお腹は満たされませんよ。食べてください」


 言って美月は箸を差し出してくる。それを受け取り、主役の生姜焼きを口にして――


「――美味い。なにこれ冷めてるのに肉すごく柔らかいんだけど」


「お口に合ったみたいで良かったです。麹に漬け込んで柔らかくしてるんですよー」


「……はあ。お前料理上手なー」


「いいお嫁さんになれますかねー?」


「料理に関しては言うことないだろ」


「褒められましたー」


 そう言うと美月は胸の前で柏手を打って両手を広げる。からの誘うような微笑み。


「シャルウィーマリー?」


「すしやのポーズでプロポーズされても……」


 面白いだけだよ。


「しかし――マジで美味い」


 二口、三口と頬張って白米にも箸を伸ばす。生姜焼きと白米のコラボレーション――ただでさえゴールデンタッグなのに、冷めているのに作りたてのような肉の柔らかさが風味と相まって食欲をそそる。


「ありがとうございます♡ 大きなお弁当箱なんで、無理して全部食べなくてもいいですからね? センパイ、男子にしては食細めですし」


「やや、この生姜焼きなら余裕で食える」


「今日はセンパイ午後体育ありますし、カロリー多めに採っても大丈夫ですしね」


「なんで教えてない時間割把握してるの……? 感心してるトコに怖いことぶっ込んでくるのやめろよ……」


「愛がそうさせるのです☆」


 某お菓子屋の人形のごとくぺろりと舌を出す美月。


「冗談抜きに美味いんだから素直に味あわせてくれ」


「やー、そんなに美味しいと言ってもらえると作ってきた甲斐がありますよ」


 美月も自分の分の弁当を広げ、箸をつける。中身は大きさは違えど、俺と同じメニューだ。


「……こうしてみると」


「うん?」


 独白のような美月の言葉に尋ねると、


「喜んでもらえたので満足は満足なんですけど……色味アレでラブラブお弁当には見えませんね!」


 良い笑顔で彼女はそう言った。


「作った本人が言うか。いやサラダはカラフルじゃんよ、トマトとサニーレタスでさ。卵焼きもあるし――ほうれん草も」


「……やっぱさくらでん粉でハート描いてくるべきだったかな」


「……生姜焼きに合わないだろ」


「私もそう思って踏みとどまったんですよ」


「英断だ」


「赤系はトマトで補えてるので、さくらでん粉のピンクよりブルーの方がいいですよね?」


「全っ然良くねえ……ガキの頃母さんにキャラ弁作ってもらったことあるけどさ、この年になると青系は食欲出ねえよな」


「ですねぇ……私も女児アニメの青髪ヒロインでキャラ弁作ってもらいましたよ」


「……あれってどうやって色出してるの? 食用色素?」


「基本はそうですねー。あと紫キャベツの煮汁やお茄子の漬物使ったり――最近はカラフルなかまぼこシートとかあるんですよ」


「そうなんだ――ごめん、聞いといてなんだけど多分すぐ忘れる」


「あはは、いいですよー。センパイにキャラ弁作ってくださいとは言いませんので。でも喜んでくれたみたいですし、土曜は期待してていいですかね?」


「……どっかで昼飯奢ってやるよ」


「センパイとランチ♡」


 喜ぶ美月に尋ねる。


「……お前ぐらい料理できても外で飯食うのって楽しいのか? これだけ料理ができれば自分で美味しいモノをつくれそうだけど」


「もう――センパイと一緒だから嬉しいんですよー?」


 美月がぷりぷりしながら、上目遣いで睨んでくる。


「お、おう……」


「照れるセンパイ可愛いです!」


「……お前食事中でよかったな。これが飯時じゃなければ俺の幻の左が炸裂してるところだぞ」


「……ケンカとかしたことがないのでは?」


「だから幻なんだ」


「まあそれは抜きにしても外のご飯は好きですよー」


「いや、お前聞いたならつっこめよ。礼儀だろ……」


 あまりにベタだったせいか美月は完全に俺をスルーし、


「食べるのが自分だけだとして、作るのはいいんですけど後片付けはね……しなくていいならしたくはないですよね」


 そして少し恥ずかしそうに、


「だから後片付けしなくていい外食は楽でいいです」


「……弁当箱、洗って返そうか?」


「それは話が別! センパイ美味しそうに食べてくれたなーって思い出しながら洗うのが楽しいんですよー」


「全然わかんねえ……」


「センパイは恋する乙女の才能がないですねー」


「……恋する乙女の才能がないとか初めて言われた」


「どんまいです!」


「いや、なくて歓迎だから……でもお前もその才能ないよ」


「私ほど恋する乙女の才能に溢れるオンナはいませんよ」


「告白下手くそガチ勢なのに?」


「告白の才能がないだけで、恋する乙女の才能は潤沢なんです」


「その言い方だと気が多そう……」


「やや、センパイ一筋なので!」


 横ピースからのウィンクをバチバチ送ってくる美月。横ピースするなら箸は置きなさい。


 ……まあ美月に恋する乙女の才能があるかどうかは虚無って感じと思うが、料理の才能は間違いなくあるだろう――いや、こんな言い方は失礼か。先週に今週――美月の作る弁当は本当に美味い。才能は勿論あるだろうが、きっとそれだけでなく母親の手伝いや努力を積み重ねてきたのだろう。


 ……言動からはなかなか覗えないが。


 感心しながら美月を眺めていると、視線に気付いた美月は恥ずかしげにはにかんで、


「やだぁ、デザートはまだ早いですよぉ。食後まで待ってください♡」


「幻の私だもんな?」


「う……なにやら辛い記憶がちらちらと脳裏に」


 そんなこんなで、俺と美月は楽しい昼休みを過ごした。





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