第2章 お昼休みと恋愛お約束条項⑦

 生徒会室――そう記されたプレートが掲げられた教室を見るのは初めてではない。さすがに一年以上在籍していれば通りがかることもある。


 しかし中に入るのは初めてだ。柏がノックしてから開けたその教室に彼に続けて入る。


 さして大きな部屋ではなかった。通常の教室の半分ほどか。フィクションの学園物ではとても学校の施設とは思えない豪華絢爛な生徒会室を目にすることがあるが、どうやらうちの高校はそういった生徒会室ではないらしい。


 造りは教科準備室と一緒なのか、部屋の奥には水回りがあった。その脇に小さめの冷蔵庫。強く目を引くのはそれくらいで、あとは長机やキャビネット、パイプ椅子、ホワイトボード、学校の設備としてごく当たり前のものだ。


 そしてその長机の一角に――


「柏くん、颯太くん、こんにちは」


 ――柑奈さんがいた。


「会長――姫崎くんとお知り合いだそうじゃないですか。それなら会長が直接姫崎くんに声をかけたらよかったんじゃ?」


「うん――でも、柏くんは颯太くんと同じクラスでしょ? 私が二年生のクラスに行くのも変じゃない?」


「それはそうですけど」


 言いながら柏は柑奈さんから少し離れた位置に座った。おそらくそこが柏の定位置なのだろう。俺はその柏の隣に座る。


 すると、入れ替わるように柑奈さんが立ち上がった。


「颯太くん――何か飲む? と言ってもインスタントの紅茶、コーヒー、お茶くらいしかないけれど」


「……生徒会室はそんなもんが出るんですか?」


「ガスと冷蔵庫を使えるのが執行部の数少ない特権なの」


「冬は鍋ができますね」


「……さすがにそれをやったことはないし、聞いたこともないなぁ」


 柑奈さんは苦笑して、


「コーヒーでいいかな?」


「……お願いします」


「ちょっと待ってね?」


 柑奈さんがコーヒーの用意をする姿を見るのは実は初めてではない。昨日のようにごくまれに深町家にお茶に誘われることがあり、そしてお邪魔したことがあるからだ。


 彼女はいつもの様にテキパキと慣れた手つきで(とは言ってもインスタントだが)用意したそれを俺の前に置いてくれた。


「どうぞ」


「あざます……って、柏の分は?」


「僕はこれがあるから」


 言って柏は弁当袋から小さめの水筒を出す。……なるほど。


「……それで、颯太くんを呼んだ理由なんだけれど」


 そう切り出す柑奈さんに俺は待ったをかける。


「食べながらにしませんか?」


 柑奈さんは――もしかしたら柏も、話してから食べるというプランかもしれない。けれど俺は決して話を軽んじてるわけじゃないが、できれば昼休みの時間を使い切りたくなかった。


 多分――俺だけの問題じゃないから。


「――そうね、そうしましょうか。柏くんもいいかな」


「僕は構わないですよ」


 柏が頷いて弁当を広げる。俺と柑奈さんもそれに倣い――


「いだだきます」


「いただきます」


「いただきます」


 声が揃う。しかしそれぞれの昼食に口をつけたのは俺と柏だけで、柑奈さんは箸を手にしたまま、


「……あのね、今日颯太くんを呼んだのはお願いがあるからなの。本当は昨日打診したかったんだけど、お邪魔してもいけないかなって――逆に今日急に呼び出すことになっちゃって申し訳ないんだけれど」


「ああ、会長。僕が転校するという話はもうしました」


 柏の言葉に柑奈さんは「そう」と頷いて、


「柏くんはとても生徒会に尽くしてくれていたんだけれどね、お父様の都合で転校することになって――友人としても残念だけれど、生徒会執行部のヒューマンリソースとしてもとても優秀だったの。庶務という役割そのものは現役員から人員を充てることもできるのだけれど」


「会長に転校を惜しんでもらえるなら光栄です」


「……残念よ。来期は是非生徒会長を務めてもらいたかった」


 柑奈さんがそう言う。転校する柏への世辞ではなく、本心からそう思っているようだ。


「……それで、柏くんの代わりとなる生徒会役員を一人補充することになるのだけれど、私はそれを颯太くんにお願いしたいの」


「……どうして俺なんすか?」


 尋ねると、質問を予期していたように淀みない答えが返ってくる。


「成績優秀で、性格は誠実で実直。私が知っている生徒で一番仕事を任せられる、任せたいと思う人が颯太くんだから」


 そう口にする柑奈さん。俺の隣で柏がその言葉に驚いていた、


「俺はそんなんじゃ……ってなんで柏が驚いてんの」


「いや、会長がここまで人を褒めるなんて見たことないから」


 柏がそう言うと、柑奈さんが顔を赤くする。


「そ、そんなことないよ」


「そうだろ。柑奈さんは人を悪く言うような人じゃないだろ」


「それはそうだけど、褒めちぎるのとは違うじゃない。会長、もしかして――」


「そ、そんなことないよ!」


 言葉は同じだが、今度は随分慌てた様子で否定する柑奈さん。う、うーん……これは美月が言っていたこともあながち間違いじゃないのか? いや、しかし……


 ……こういうのも自画自賛って言うのだろうか。


「生徒会執行部はね、面倒な仕事だって思われがちなんだけれどやってみるとやりがいもあって凄く楽しい仕事だよ! 文化際や体育祭なんかの学校行事の企画運営、各部活や委員会の管理、諸問題の解決……やることは多いんだけど、充実感もあって」


 柑奈さんもつまるところ柏と同じような理由で生徒会の運営にやりがいを感じているのだろう。それは立派なことだと思う。


 柏も実は良い奴だったし、柑奈さんは言わずもがな。困っているなら手を貸したいが――


 しかし、美月の気持ちを考えると。


 ……………………


「……ちょっと即答はしかねます」





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