第2章 お昼休みと恋愛お約束条項⑥

「姫崎くん」


 翌日、昼休み――さて昼食だと席を立ったとき、クラスメイトに声をかけられた。


 一瞬クラスがざわりとする。教室内で俺がクラスメイトに声をかけられるなんてことは滅多にない、ちょっとした事件だ。


 声をかけてきた男子は少し緊張気味だ――浮いてる自覚はあったけどこれは怖れられてるんじゃないか?


 ……俺、そんなか? ちょっと凹むな……


 しかし凹んでばかりもいられない。凹むと同時に驚きもあったからだ。声をかけてきたのは柏――柏雄一。ウチのクラスでも特に優秀な生徒で、クラス委員長を務める男。


 美月の話を思い出す。確か転校は今月半ばじゃ――ってそうか、今日決まって明日転校ってわけじゃないもんな。


「どうした?」


「うん――お昼時に悪いんだけど、少し時間をもらっていいかな。一緒に生徒会室に来て欲しいんだけど」


 マジか――マジか。美月が言っていた柏の転校も柑奈さんが本気になるっていうのもマジなのか……? 美月のタイムリープ話を信じるつもりではいた。しかし彼女の言葉がこうして予言めいた形で現実になると、さすがに――


「――いいよ。ちょっと待ってくれな?」


 柏にそう答えてスマホを取り出す。どうせ美月はベンチで待っているだろう。俺が行くまで弁当に箸をつけないかもしれない。『用事ができた。今日はベンチに行かないかも知れない』――そうメッセを送る。その様子を見ていた柏が申し訳なさそうに言った。


「ごめん、約束があったかな」


「いや、約束って程じゃない。構わないよ。行こうか」


 立ち上がって柏を促し、連れ立って教室を出る。


 廊下に出ると、隣を歩く柏が口を開いた。


「――姫崎くん、昼休みは大抵手ぶらで教室を出て行くよね。お昼は購買で買ってるの?」


「ああ。ウチの両親共働きでさ――母さん看護師でな、夜勤もあるんだよ。作ってくれるとは言うんだけどな、やっぱ寝れる時寝かしてやりたいしさ」


「そうなんだ、夜勤の仕事は大変だよね。うちの母は専業でさ、毎日作ってくれるよ。けど、無い物ねだりかな――購買で買って食べるっていうのに少し憧れる」


 言いながら柏は手にした弁当袋を掲げ、


「よかったら購買に寄って、生徒会室で一緒に食べない?」


「……結構長くかかる用事ってことか?」


「用事だけならそうかからないと思うけど、姫崎くんと話したいって人がいるんだ」


「……生徒会長か」


「正解。良くわかったね? 実は君に用事があるのは僕だけじゃなく生徒会長もなんだ」


 やはりか……どうやら美月の言葉は間違いなく本物らしい。


「生徒会長は君をよく知っているような口ぶりだったけど、知り合いなの?」


「知り合いと呼ぶか友達と呼ぶか微妙な感じ、ってくらいには知り合いだよ」


「なんだ。なら会長も僕を経由しないで直接姫崎くんを誘えばよかったのに」


「立場的にそうもいかないんだろ――いいぜ、購買寄っていこうか」


「よかった。断られたら会長に恨まれるところだったよ」


「あの人はそんな人じゃないだろう」


「一般生徒の前ではね――親しい友人や僕ら生徒会のメンバーの前では印象よりくだけた人だよ」


 ああ――確かにそういうところがあるかも知れない。


 ――と、突如軽快な音が鳴る。ラインの着信――相手は予想通り美月だった。『センパイが来るまで待ってます♡』――別に美月と昼食を共にする約束をしていたわけじゃないが、黙っているのも心苦しい。『生徒会に呼ばれたからそっちには行けない。クラスメイトと食えよ』――そう返すと泣き顔のスタンプが連続で返ってきた。うざい……


 見なかったことにしてスマホをしまうと、柏が申し訳なさそうにこちらを見ていた。


「……彼女さん?」


「――ああ、いや、彼女ってわけでもないんだけどな」


「恋人未満てところかな」


 柏が何かおかしかったのか笑って言う。


「ああ、そんなところだ。なんか変か?」


「ごめんね。姫崎くんみたいな人でも慌てたり参ったりするんだなって」


「……そうか?」


「うん。スマホの画面を見て苦虫を噛み潰したような顔をしてたよ」


「俺だって柏と同じ普通の高校生だぜ。慌てるし参ったりもする」


「なんかあんまりイメージが湧かないな」


 苦笑して、柏。


「俺はどんなイメージなんだよ……」


「全科目でクラス上位、運動も得意で――」


「それは柏も同じだろ?」


 一年と少し同じクラスなのだ、体育で柏の運動能力はよく知っている。柏は陸上も球技もそつなくこなすタイプだ。


「――そしてクールで、孤独を愛するタイプなのかなって」


「……人付き合いが苦手なんだよ。って言うか柏ってそんな冗談を言う奴だったんだな。知らなかったよ」


「僕も姫崎くんがこんなに話しやすいなんて思わなかったよ――だから、残念だ」


 笑顔だった柏の表情が陰る。


「詳しくは後で話すけど、僕、転校するんだ」


 やっぱりか――改めて思う。美月は本当にタイムリープをしてるんだ。


「……そうか」


「あまり驚かないんだね?」


 まさか未来人から聞いていたとは言えない。適当に言葉を選んで取り繕う。


「生徒会室に誘われた時点で、少し予想してた。柏は生徒会執行部だろ? それの代打指名かなって。普通に話をするのに生徒会室は選ばないだろ」


「用件まで言い当てるなんてすごい洞察力だね。感心する」


 それは誤解なのだが――まあ、やはりこれも言うわけには行かない。


「それほどでもないよ」


「君を誤解してたよ、姫崎くん。人と関わるのが嫌いだなんて噂を鵜呑みにしないでもっと早く話しかけてみれば良かった」


「え――俺、そんな噂されてるの?」


「ウチのクラスではね。姫崎くん、君は僕らが新入生だったころ誰かに放課後誘われても断って、昼休みも一人でいたろ? それで」


「……俺、バイトしててさ。んで親と成績上位キープする約束があって家で結構勉強に時間割いててさ。昼休みは寝たり一人でリラックスしてたりしてたからな……浮いてたもんな……」


 美月に聞かれたら『自業自得ですね!』とか言われそうだ。というか浮いてるということに関しては過去形じゃなく現在進行形だが。


「……でも、恋人さんは今のままの方がいいだろうね」


「恋人じゃなくて恋人未満な。なんで?」


「姫崎くん、結構女子に人気あるよ。実は結構気さくで話やすいなんて話になればクラスの女子が放っておかないよ、きっと」


「まさか。そんな話は聞いたことがない」


「姫崎くんは面白いなぁ。そりゃあそんな話本人の耳に入れないでしょ」


「……そりゃそうか」


 俺はそう呟いて、


「柏も話しやすいんだな。ガリ勉タイプだと思ってた」


 言うと、柏はあははと笑った。


「はっきり言うなぁ。実はそうなんだ。生徒会役員やクラス委員なんてやってるからそう思われがちなんだけどね」


「……ということは好きでやってるのか? 頼まれたからとかじゃなく」


 尋ねてみると柏は頷いて答えた。


「うん。好きなんだ、こういう役割。見方によっては面倒ごとのようにも見えるだろう?」


「そうな。正直そういうイメージあるよ」


「だよね。けど自分からすすんでやることでクラスや学校の役に立てるだろう? 自分が誰かの役に立てるっていうこと、人に喜んでもらえること、貢献すること――本気で取り組んでみると結構楽しいものだよ」


 ――それは意外な言葉だった。今まで俺にとってクラス委員や生徒会なんて物好きがやる退屈で面倒な仕事だと思っていた。


 もしかしたら柏はその物好きなのかもしれない。けどその柏からどういうつもりでやっているのか、そのやりがい――それを直接聞くことで俄然魅力のあるもののように思えた。


「――やあ、昼休みの購買はこんなに込んでるんだね」


 話しているうちに購買部に着いた。柏は購買で限られた当たりメニューの争奪戦を行なっている生徒たちの数に驚いてそんな風に言う。


「僕はここで待っているよ。姫崎くん、買っておいでよ」


「あ、ああ――少し待っててくれな」


 言って俺はその争奪戦に参加すべく黒山を掻き分けた。




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