第2章 お昼休みと恋愛お約束条項⑧

 柑奈さんの顔が曇る。


「――も、勿論。強制じゃないし、考えてもらえるなら、それで――」


「……まあ、姫崎くんはアルバイトをしているみたいだしね。でもアルバイトのシフト次第では両立できると思うよ」


「――まあな。バイトがファミレスだからシフトはまあどうにでもできると思うけど」


 にしたって毎日は無理だろう。


「柏、いつ頃に転校するんだ?」


「再来週の土曜に引っ越しするんだ。この学校に来るのは再来週の金曜が最後だよ」


「……寂しくなるな」


「君と、もう少し早く話したかった」


「俺もだよ……もし引き受けるなら、柏から引き継ぎすることになるんだよな?」


「そうだね」


 なるほどと俺は頷いて。


「柑奈さん」


「うん」


「少し考えさせてください」


「それは、うん、勿論。この場で断られなかっただけでも御の字だよ」


「はい。それじゃあ――」


 食べかけの焼きそばパン――その残りを淹れてもらったコーヒーで流し込み、


「すんません。今日はこれで。ちゃんと考えますから」


 え? もう行くの――そんな顔をする柑奈さんだが、柏の方は察しがついたようだ。


「うん――今日は急に誘ってごめんね」


「いや、構わない――またゆっくり話そうぜ」


「そうだね」


 柏はそう言って頷く。


「じゃあ柑奈さん、また。コーヒーどうもでした」


「うん。また」


 柑奈さんとうなずき合う。


 そして俺は生徒会室を後にした。昼休みはまだ半分残っている。




   ◇ ◇ ◇




 生徒会室を出て俺が向かったのは中庭の例のベンチだ。確信めいたものがあった。


 校舎を出て中庭に。例のベンチでは、既に弁当は食べ終えたのか弁当袋を脇に置き、行儀良く座って空を眺める女生徒がいた。


 ベンチに向かう。近くまで行くと俺に気付いた女生徒が微笑んで手を振る。


「センパーイ」


「……クラスメイトと食えって言っただろ」


「でもセンパイは来てくれたじゃないですか」


 真ん中に座っていた美月は腰を上げて座り直し、スペースを空ける。俺はそこに座った。勿論密着しないように少し隙間を空けてだ。


 美月がすかさず体を寄せ、その隙間を埋めてくる。俺はさらにずれて隙間を空ける。


「……なんで逃げるんですかー」


「恋愛交渉禁止。忘れたか?」


「そこをなんとか」


「ならん。そうじゃなくても学校でベタベタするもんじゃないだろ」


「むう」


 美月が頬を膨らますが、無視。そのまま俺が天を仰いでいると、美月の方から尋ねて来てくれた。


「それで、どうして来てくれたんですか」


「美月こそどうしてここにいたんだ?」


「私は――もしセンパイの気が変わってここにくるかもって思ったら教室に戻れなくて。センパイは?」


「……美月に相談したいことがあって」


「――生徒会役員の補充について、ですね?」


 そう美月は言った。ずばりそのものなので「ああ」と頷く。


「生徒会に呼ばれたっていうメッセージでそうかなって思いました。考えてみればクラスメイトさんが月半ばに転校するなら、その少し前に転校の話は出ているはずですもんね」


「正解。俺も柏――うちのクラスの生徒会庶務な――に声をかけられて気付いた。急に明日転校するってことはそうないよな。転入先のことだってあるだろうし」


「ですね――それで?」


「その柏と柑奈さんに庶務になってくれないかって言われた」


「ですよねー」


 美月が困ったような、もどかしいような――そんな顔をする。


「俺、どうすればいいと思う?」


「困ってるセンパイ可愛いです♡」


「じゃあまた明日な」


「ああ! 行かないで! ちょっと愛を囁いただけじゃないですかー!」


 立ち上がる俺の腕を掴み、座らせようと引く美月。この細い腕のどこにこんな力があるんだ……?


 仕方なしに座り直す。


「どうすればいいと思うとは、どういう意味ですか?」


「多分な、お前と知り合ってなきゃ――知り合っててもこんな関係になってなきゃ生徒会に入ってたと思うんだよ。美月から俺が生徒会役員だったって聞かされて、正直なんだそれ有り得ないと思って――柑奈さんに頼まれたからって断るだろって思ってたんだけど」


「はい」


「柏から役員のやりがいってのを聞いてさ――目から鱗じゃねえけど、面白い考え方だなって興味が湧いたんだ。美月の元の世界線で俺が生徒会入りしてることに納得した」


「そう、ですか」


「うん――けど、その世界線の俺と俺じゃ状況が違う。お前の世界線じゃ俺と恋愛シミュレーションはしてなかったろ」


「っていうかそもそも出会っていないですね、この時期は」


「だろ?」


「つまり、私がいるからやりたくない?」


「……そこまで美月が強い動機になっているとは思いたくないんだけど」


 そう言うと、美月はにまぁ~っと嬉しそうに微笑んだ。


「もう既にセンパイは私の虜だと! これは恋愛お約束条項のアップデート案件では? ええと、今日は見てもらっても大丈夫な下着だったかな――」


「じゃあまた明日な」


「小粋な愛のJKジョークですよー」


「ジョークにそんな胡乱なジャンルがあるとは驚きだ。真面目に聞かねえなら話さねえぞ」


「え、かなり真面目ですが」


「じゃあな」


「JKジョーク!」


 必殺技のように叫ぶ美月。半眼で睨んでやると、美月は肩を竦めてぺろっと舌を出した。


 ……可愛いからやめろ。


「……生徒会役員、やってみたい気持ちとやりたくない気持ちがあるんですね?」


「まあ、そうだ――最初からその調子でやってくれよ」


「センパイとお話しできるのが嬉しくて、つい」


 美月はにこりと微笑んで、


「……私の気持ちを知っていて深町先輩がいる生徒会に参入するのは浮気になるのでは――そうとまで言わなくとも私に不誠実なんじゃ、と思ってるんですね?」


「……有り体に言えば、そう」


「それなら簡単です。やってみたい気持ちがあるならやりましょう」


 美月は迷わずきっぱりとそう言った。



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