第7話 足跡

 通常、ヘキサの恩恵が探し当てた手がかりは、どこへ移動しようとも追跡が可能であり、探索の感覚が変わることはない。

 しかし、クレオの手がかりは、何故か点として道に敷かれており、しかも近づかなければ次の点が現われない仕様になっていた。この状態では、どこが最終目的地になるか、ヘキサにすら分からない。

 クレオ自身を探せなかったことも含め、これをルクスへ伝えたなら、興味深げに「ふむ」と頷いた。

「それはつまり、カタリナ殿のご子息にも、星詠みの血筋が少なからず関係しているということでしょうか」

「それは……分かりませんが」

 考えてもみなかったが、あり得ない話ではない。

 ヘキサの恩恵は探しモノが手がかりだけだとしても、必ず最適なモノを提示する。言い換えれば、他に手がかりになりそうなモノがあったとしても、一番有効なモノしか提示しないのだ。二番目三番目をわざわざ探すこともないのだから、当然と言えば当然か。

(妙な力が働いているとは思っていましたが、カタリナさんほどではなくても、クレオさんも星詠みの血筋の手がかりを持っているかも知れない……。探しモノに優劣があるなど考えたこともありませんでしたが、そう言われると、この不思議な感覚もどこか覚えがあるような……ないような)

 所詮はヘキサ自身の感覚の話である。納得出来そうと思ったところで、朧気なモノはどうしたって朧気だ。そして、たとえクレオにも星詠みの血筋の手がかりがあったとしても、結局のところ、彼を探し出さなければ何も進まない。

「とにかく、今はこの点を辿りましょう」

 他がどんなにあやふやでも、ヘキサの恩恵に対する信頼は確か。形状が変わろうとも、その先にクレオの手がかりがあるのは間違いない。

 そんなヘキサの促しにルクスが頷いたなら、いつの間にか止まっていた歩みが再開された。


(それにしてもこの点の付き方……まるで足跡のようですね)

 カタリナから借りたクレオの写真を見る。

 クロエルの建築物は、オウルが暮らすのに適したサイズが主だ。これはクロエルがオウルのために造られたからではなく、この世界の大多数の種族の体格が、オウルと同程度であるため。プライベートな空間では本来のサイズで過ごす者もいるだろうが、街中においては基準サイズで出歩くのが常識だった。

 それは上流階級と呼ばれる地位にあっても変わらず、幼い顔立ちから予測した身長は、歩幅と点の間隔を合致させていた。

 本当に足跡かもしれない――。

 そんなヘキサの気づきを待っていたかのように、手がかりの点が靴底の形に変化する。目に見えるわけではないが、感じた変化はクレオの進行方向を示しており、不意に道を曲がったかと思えば、すぐ近くに戻ってきた足跡が見てとれて、ただ辿るより追いやすくなっていた。時々広がる間隔は走ってでもいたのだろうか。

(カタリナさんの言うとおり、探検していたみたいですね)

 足跡だけでも分かる、楽しそうな様子。

 事件性はないのかもしれないとヘキサがほっとした――矢先。

 急に現われる、塀の陰に潜んで覗き込むような足跡。

「これは……」

「どうされました?」

 ヘキサの後を黙々とついてきたルクスへの返答もそこそこに、足跡に習って覗き見た先は、建設途中の建物。立ち入り禁止の看板横には、不気味に開いた通り道がある。

「カタリナさんの息子さん……クレオさんは、ここに入って?」

「この工事現場に?」

 一気に不穏なものを感じたヘキサが近づいたなら、再び通り道を覗くようにして足跡があり、そのまま暗がりの中へと入ってしまった。

(戻ってきたような足跡の向きは……見当たりませんね)

 一応、ルクスに断りを入れてから建物の外周を回ってみたものの、通り抜けたような足跡の感覚も見つからなかった。

 考えられる可能性は二つ。

 一つは、足跡の感覚には順序があり、その通り辿らなければ分からない可能性。

 もう一つは、クレオが今もここにいる可能性。

「入ってみますか?」

「そう……ですね」

 ルクスの問いに、立ち入り禁止の看板を見たヘキサ。

 だが、そこにとある印を見つけたなら、四白眼を見開き、看板横の薄暗い通り道を確認した。クレオの足跡と思しき感覚は、隠れるように蛇行しながら奥を目指している。

 それなのに、そこにあるその印は――。

 ヘキサは、一度腕時計の時刻を確認すると、ルクスへ尋ねた。

「ルクスさん……ここまで来るのに寄り道したとして、子どもの足でと考えても、三時間もかかりますか?」

「そうですね。私には子どもの時分がありませんから、はっきりとは申し上げられませんが……少なくとも、私がお仕えしていた血筋の子どもたちなら、遅くとも今の私たちと同じくらいの時間で辿り着くと思います」

「そう、ですよね」

 ヘキサの目がもう一度、立ち入り禁止の文字に被らないよう押された印を見る。

 警邏を示す、カラスを模したロゴの中に、今から数分前の時間と「済」の文字が刻印されたソレは、何かの目的を持って入った警邏が、ここは探索済みだと他に知らせるためのもの。

「カタリナさんが警邏に連絡した時間を考えると、他の用件で訪れていたとしても、警邏はクレオさんを探したはず。それなのにこの印があるということは、警邏はここでクレオさんを見つけられなかった……」

 たとえばこの先に通り抜けられる箇所があって、そこから出たせいで見つけられなかった――ならば良いのだが。

 何かを伺うようなクレオの足跡が、楽観視することを許さない。

「行きましょう、ルクスさん」

「入るんですか? 警邏が探した後と仰ったばかりなのに」

「ええ。探したのは警邏であって私たちではありませんから。同じ場所を探すことを二度手間と言う方もいますが、視点が違えば見えるモノも変わっていきます。それに……」

 足を踏み入れられるかどうか、入り口から見える範囲だけでも確認したヘキサは、ルクスを振り返って言った。

「私は探しモノが得意ですから、警邏には見つけられなかった、秘密の小部屋を発見してしまうかもしれませんよ」

「それはそれは、子どもには堪らないでしょうね」

 ヘキサの茶化した口調に、おどけた調子のルクスが応じる。

 けれど、交わす視線に気楽さはなく、立てた人差し指に淡い光球を灯したヘキサは、これを前へ放ると、手がかりから視線は逸らさず、ルクスへ「行きましょう」と硬い声をかけた。

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