第6話 善き人

 オウルではなかったカタリナの息子。

 だからといって放っておける話でもない。

 どの道、ヘキサの恩恵はカタリナを手がかりと示しているのだ。この問題を解決しなければ、星読みの血筋の情報も得られないだろう。はっきりとした打算がある分、純粋な人助けにならないのは心苦しい気もするが、こちらも世界がかかっている。

 そんなヘキサの考えなど知る由もないカタリナは、少しでも手がかりになればと、今の状況と共に息子クレオのことを教えてくれた。

 クレオがいなくなったのは今から三時間前のことで、警邏に連絡したのは30分前。この時間の開きは、以前、クレオが自宅で丸三日行方知れずになった経緯があったせいだという。今回も似たような考えの下、カタリナたちを驚かすために隠れているだけと思い、警邏に連絡する直前まで園内を隈なく探していた――と。

 高名なコウルズ学園出でも生活水準は中流家庭のヘキサ。「子どもが丸三日行方知れずになれる家」に全く理解は及ばないものの、とりあえずクレオがそれくらい活発な子どもということは分かった。

 また、子どもを探す母親に聞きにくい話ではあったが、誘拐の可能性はないのか尋ねたところ、三時間待ってもそれらしき連絡はないため、その可能性は低いとカタリナは言う。

 カタリナの見立てでは、公園を出て街を探検している可能性の方が高いらしい。

 「丸三日行方知れず」と言った時の気まずそうな顔と、「誘拐」の可能性を低いと断じた時の動揺のない顔から、嘘偽りなく、そう考えているのは窺い知れた。

 だからこそ、息子が戻る可能性も考えて、公園に留まり続けていたのだろう。ヘキサの恩恵が彼女を手がかりとして見つけ出してから、全く移動していなかったのも頷ける話だ。合間に挟まれる息子自慢も相まって、カタリナがどれだけ彼を愛し、手を焼いているか、短い話でもよく伝わってくるというもの。

 一通り話を聞いたヘキサは、母親の考えに従い早速公園の外へ向かおうとするのだが、「その前に連絡先の交換を」とカタリナに引き留められる。

 確かに探すのならば連絡手段があるに越したことはないが……。

 ヘキサはこの申し出に対し、鳥型の白い輪郭を魔法で創り出すと、連絡用としてカタリナの肩へ飛ばし預けた。「端末で連絡が取れるところにいるとは限りませんので」と、断りを入れつつ。


* * *


「悪人ではないと思いますがね」

 恩恵を使うため、人目を避けて建物の陰でしゃがんでいたヘキサは、探索を終えるなりかけられた第一声に、立ち上がりがてらとルクスを仰いだ。

「いえ、あのご婦人と個人的なやり取りを厭われているような気がしましたので」

「ああ、そのことですか」

 「行きましょう」と促しつつ歩き出せば、追随するルクスが続けた。

「今もって身分というものがあるのかもしれませんが、ヘキサ殿にしては素っ気ないのではありませんか?」

 出会ってからそこまで経っていないはずだが、ヘキサの人となりを熟知しているような言い回しに、くすぐったさを感じて「ふふっ」と声が漏れた。

「そうですね。上流階級の方と交流を持つのを嫌ったのは確かです。あの辺のゴタゴタは学園でも目にしてきましたから。「院」の話が出たのも理由の一つではあります。ですが、一番困るのはあの方が善良だったから、でしょうか」

「悪人よりも善人の方が困る、ですか?」

「もちろん、悪人は悪人で困りますが……。秘密を共有できない善き友人は、一人だけで十分です」

「秘密……アレのことですか」

 ヘキサの恩恵をそのまま口にするのは躊躇われたのか、指示語で表すルクス。

 ヘキサは頷き、少しだけ目を伏せた。

「たとえば私が彼女の息子さんを見つけたとします。そしてそれが、私にしか見つけられないような場所だった場合、彼女の中で私は探しモノが得意な人、と認識されるでしょう」

「それはまあ、事実で――っとと」

 頷きかけた顎を口と共に押さえるルクスへ、「大丈夫ですよ」と笑いかけたヘキサは、小さくため息をついた。

「問題はその後です。善良な方というのは相応の人望があります。そして、人望があればあるほど、悩みを聞く機会も増える……。そしてある時、何かを探すとても困っている人が現われます。善良な彼女は、それならばと私を紹介するでしょう。ここで断れるなら良いのですが、私はきっと、善き友人である彼女の頼みを拒めない」

 言いつつヘキサが脳裏に描く姿は、すでにカタリナのモノではなかった。

 卒業後、クロエルで一人暮らすヘキサを案じ、今もここに留まるリサ。

 強く優しく賢く、そして、ヘキサにとっては誰よりも善良な親友。

 だからこそ彼女は、ヘキサの恩恵の真の能力を決して明かしてならない相手として、シハンから名指しされていた。

 ――リサは責任感が強くて、優しいから、キミの恩恵を知られてはいけないよ。

 知ったらきっと、最後にはどちらも深く傷ついてしまうから――

 「院」に”使われる”ヘキサと、その原因となったことを悔い嘆くリサと。

 容易に想像できる”未来”。

 ヘキサがもう一度ため息をついたなら、ルクスがふむと頷いた。

「なるほど。そんなご友人がヘキサ殿にはいらっしゃるのですね」

「ええ。今だって彼女に隠し続けているのも心苦しいのに、これ以上、そんな相手を増やしたくはありませんから」

「ヘキサ殿がそこまで評価される方とは、一度お会いしてみたいものですな」

 ルクスが明るい調子でそんなことを言う。

 興味の中心が、カタリナからリサに移り変わったのは、ヘキサがあえて口にしなかった”未来”を察したためか。

 これに乗っかるようにヘキサは笑い、少しだけ眉を下げる。

「どうですかね。リサはオウルではありませんし……。いえ、それどころかルクスさんには好ましくない種族かもしれません。彼女の種族は、竜から派生したそうですから」

「ほう? それはそれは。会わない方が互いのためかもしれませんね」

 一転、難しい顔をするルクス。演技がかったそれにくすくす笑ったヘキサは、「そうですね」と同意しつつ、曲がり角を右に折れた。

「ところで、先のご子息は、やはり公園の外に?」

 不意に投げかけられた問いかけ。

 星読みの血筋を探す時も今も、先導するのみだったヘキサは、言葉足らずの自分をかえりみ、謝罪がてら答える。

「すみません、説明もなしに進んで。ええ、公園の外は間違いないのですが……」

 濁したのは、自分の感覚でしかない恩恵を、どう伝えればいいか迷ったせい。

(まずはクレオさん自身を探しても、恩恵の反応が鈍かったことでしょうか。どうやら星詠みの血筋を探せない延長で、妙な力が働いているようですから)

 唯一の吉報は、星詠みの血筋同様、彼が生きていると分かったことだろうか。

 そして当然ヘキサは続け様、星詠みの血筋の時と同じように、直接探せない代わりにクレオの手がかりを探ってみたのだが――。

 その結果はこれまた、なんとも一筋縄ではいかない状態となっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る