第5話 「院」の推薦者

「なん、だ、お前、は!?」

「見世物では、ない、ぞっ」

 女の力は、全力であったとしても護衛二人に敵うものではないはずだが、傷つけないよう加減しているせいだろう、ヘキサが女の前まで来ても彼らは言葉で凄むことしかできない。

 それでも通常であれば逃げ帰りたくなる眼力を前にして、敵意はないとにっこり笑ったヘキサは、両手を広げるとこれを女の前で叩き合わせた。

 たったそれだけのこと。

「っ!?」

「おわっ!?」

 だというのに、起こった風により二人の護衛が女から手を離した。

 途端、ローブ姿へ向かって駆け出す女――かと思いきや、

「あ……わた、し……?」

 長い睫毛が瞬けば、虚ろだった黒い瞳に光が戻っていく。

 その目に自分が映ったのを認めたヘキサは、胸に手を当て一礼する。

「突然の非礼をお許しください。どうやら術をかけられていたようですので、急を要すると思い、少々手荒な真似をいたしました」

「術? 貴方は……?」

「奥様お下がりください!」

「お前、これ以上の無礼は許さんぞ」

 体勢を立て直した護衛が、鱗肌は女を自身の背に隠し、岩肌はヘキサの前に立ちはだかる。ヘキサの見た目はどう見てもオウルの小娘でしかないのだが、術を解いた余波と、ローブ姿へ何の対処もできなかった反動が、護衛たちの警戒心を高めているようだ。

 守るべき主から遠ざけるべく、立ちはだかった護衛がヘキサの身体を押し退けようと手を伸ばす。――だが。

「無礼とは貴方がたのことでは? 主を守り損ねたくせに、惑わしを払った方を侮辱するなぞ。従者の分際で、主の名を汚すおつもりか?」

「ぐっ!? なんだ、貴様はっ!?」

 ヘキサと護衛の横に立ち、その腕を掴んだルクス。

 一見するとただ掴んでいるだけだが、護衛は払うことも引っ込めることもできないようで、顔色がみるみる赤く染まっていく。

 淡々とした物言いとは裏腹の剣呑な光を黄緑の瞳に見たヘキサは、内心焦りながらルクスへ言った。

「ルクスさん、暴力は」

「分かっております。ですから、こうして掴んでいるだけではありませんか。……お許し頂ければ、このような腕、小枝のように手折りたいところですが」

「やめてください」

 心底残念がるルクスに、本心から首を振る。

「こ、のっ――!」

「やめなさい。いえ、落ち着いて頂戴、ゲイン。私は大丈夫」

「せ、専務」

 岩肌の護衛が何かしら怒号を飛ばす直前、静かな声がこれを止めた。

 声の持ち主である女は、そっと鱗肌の腕に手を置く。

「ルイス、この方たちと話をさせて」

「奥様……。分かりました」

 逡巡したものの、主の指示を優先したらしい。こちらを睨みつけながらも鱗肌が下がれば、察したルクスが手を離し、これみよがしに腕を払った岩肌も、女のためにヘキサの前から身体を除ける。

「ごめんなさい。助けて……? 頂いたのに」

 女が確認するような口調で謝罪を述べた。

 護衛を止めた割に、あまり状況を理解していないらしい。

 そんな女へ、ヘキサは首を振った。

「構いません。恐らく、先ほどのローブ姿の方がかけたのは、魅了の一種だったのでしょう。心を奪われる術は、大半が思考と共に記憶をあやふやにしてしまいますから。きっと、あの踊りが術そのものだったのでしょうね」

「踊り……ああ、そうです。あの変わった格好の者が、いらないと言っているのに、息子の居場所を見つけ出すと言い張って、いきなり踊り始めて。それから……ダメだわ。記憶が曖昧で」

「あんな踊りが?」

「俺……私たちは何ともなかったのに?」

 額を押さえる女の後ろで、護衛たちが鼻で笑うように言う。

 ヘキサは気にせず、女へ向けて努めて和らげた声で言う。

「無理に思い出そうとしないでください。短時間であっても魅了は強力な術です。精神に及ぼす影響は絶大ですから。それに、多少でも気にかかることがあったなら、そこを的確に突いてくるのが魅了含む、精神攻撃の特徴です。貴方だけしかかからなかったのは、貴方にはそれだけの理由があったため。先ほどから言われている、息子さんへの心配が原因でしょう」

 ヘキサの言葉に、護衛たちの顔が背けられた。

 大方「女が思うほどには彼女の息子を心配していない」と言われている気にでもなったのだろう。ヘキサが言っているのは程度の話であって、そういうつもりではないし、女もそういう風に受け取った節はないのだが。

 とはいえ、彼女と会話を進めるのに、護衛たちが口出しできない状況は、こちらとしても好都合だ。護衛たちのばつの悪そうな顔は見ないことにして、ヘキサは改めて挨拶する。

「申し遅れました。私はコウルズ卒のヘキサと申します。こちらは友人のルクス」

「ヘキサ……? もしかして、ヘキサ・C・センリ? 「院」の教授の推薦を受けたという、あの?」

 ヘキサとしては、相手の不安を少しでも軽くするために、身元の証明としてコウルズの名を加えただけなのだが、思ってもみない反応に口の端がピクリと動く。

「……ええ、まあ」

 否定するのもおかしな話と頷いたなら、護衛までもが見る目を変えたようで、複雑な気分になった。

(そういえばこの方、専務と呼ばれていましたね。ということは、私が応募したいずれかの会社の……。いえ、というかやはり私の名前は、「院」の教授の推薦者として、企業の間でそれなりに広まっていたわけですか)

 これまでは憶測でしかなかった、面接すら断られる理由。それが明確に、雇用主側の情報として出回っていた事実に、ヘキサは一時忘れていた現実を突きつけられて静かに唸る。

「ところで」

 そんなヘキサの心情を慮ってか、ルクスが話を変えた。

「ご子息が行方知れずとお聞きしましたが」

(そうでした。もしかしたら、この方の息子さんが……)

 混血の場合、種族は必ずしも外見によって判別できるものではない。しかし、オウルに限っては、外見で見分けがつくと言われており、それは、オウルの特徴らしい特徴が恩恵しかなく、他の種族の遺伝子に塗り替えられやすいためだという。

 実際、オウルの父を持つヘキサも、別種族である母方にオウルの血縁があったため、オウルとして生まれたとシハンから聞かされていた。

 耳の長さからいって、女自身はオウルではない。

 しかし、その息子ならば――……

 落ち込みを振り払い、否、いっそ推薦の話を利用する勢いで、ヘキサは言う。

「ここでお会いしたのも何かの縁です。警邏にも連絡されたとは思いますが、よければ私たちにも、息子さんを探すのをお手伝いさせてください。クロエルは広いですし、人手は多い方が良いでしょう?」

「それは……。では、お願いします」

 女は少し逡巡した後、頭を下げた。

 これ以上の迷惑はかけられない、という思いと、「院」の教授に推薦された者の申し出ならば、という期待と。

 天秤にかけられた女の考えはヘキサに透けて見えていたが、構わないと頷いた。

 すると、女ははっとしたような顔で言った。

「ごめんなさい、名乗りもせずに。私はカタリナ。この二人は護衛のゲインとルイス。そしてこれが私の息子、クレオです」

 差し出された一枚の写真。

「この方が息子……さん?」

 受け取った写真をルクスと見たヘキサは、写真いっぱいの笑顔に固まった。

 青みがかった黒い短髪の下、鮮やかな青い鱗肌を持つ子ども。

 明らかにオウルと異なる外見は、それだけで彼が星詠みの血筋ではないと分かるものだった。

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