第4話 蚊帳の外

 表層ではビルがあった位置にある、大きな公園。植木により外から窺えない園内に駆け込むと、すぐに妙な一団が見えた。

 ひっつめた黒髪に褐色の肌、尖った耳には控えめな金の装飾。細身でありながらグラマラスな身体の線を、白いシャツと灰色のスーツにしまい込んだ女が一人。彼女を守るように立つ、岩肌と鱗肌を持つ、屈強な種族が二人。

 この三人だけなら、どこかの重役と護衛という組み合わせで済む。

 だが問題は、そんな彼らの前にいて、珍妙な踊りを披露しているローブ姿の存在。

 神秘的な紫の薄衣を重ね、色とりどりの飾りを上品に身に纏う様は占い師か、そういった類いの職を思わせるが、それ以上に目を引く奇怪な動きは、ヘキサたちを走らせた奇声の持ち主と見て間違いない。

「……えーっと」

 立ち止まったヘキサは、どうしたものかと考える。

「どうされました、ヘキサ殿?」

「いえ……手がかりが人だとは思わなかったものですから」

 探索の恩恵を使ってからというもの、ほとんど場所を移動しなかった手がかり。それゆえにヘキサは手がかりは物――それも建築物といった大型の物と考えていたのだが、褐色の肌の女が手がかりそのものと知って戸惑った。

(恩恵が指し示しているのは、この方の身につけているものではなく、この方自身。つまり、この方はずっとここにいたということになります。こんな屈強そうな護衛を二人も付けるような方が、昼間の公園で、ずっと。何かあったと考えはつきますが、この状況で話しかけるのはなかなか……)

 ヘキサが考え込む間にも「ホアッ」やら「イェヤッ」やら、異様なかけ声は続いている。これを止めるでもなく真剣に見つめる女へ、どう声をかけろというのか。ルクスもそんなヘキサの気持ちを察してか、隣で黙ったまま、奇妙な踊りを眺めていた。

 女と護衛二人、追加されたヘキサとルクス。

 観客全員の存在を視認できる場所にいながら、熱中するローブ姿は踊り続け、

「出ましたああああああああっっ!!」

 と唐突に声を張り上げて止まった。

 近い護衛二人がうるさそうに耳を塞ぐ中、女が期待を込めた声で問う。

「そ、それで、あの子はどこに!?」

「うむ、うむ、待たれい。今、これなる水晶にて答えてしんぜよう」

 ローブ姿のしわがれた声に、女の後ろに控える護衛がうさんくさそうな顔をする。言外に伝わる「水晶に聞くならあの踊りはなんだったんだ」という非難。けれど主人に従順な彼らは、余計な茶々を入れるような真似はせず、ローブ姿と女が水晶を覗き込む様を見守るのみ。

 その際、護衛たちの視線がちらりとこちらへ向けられた。だがそれは、偶然居合わせてしまった者を憐れむものであって、増えたギャラリーを警戒してのことではなさそうだ。

 ますます声がかけにくい。

 掴めるきっかけもなく途方に暮れるヘキサ。

 と、ローブ姿の離れていても通る声が届く。

「むむっ!? こ、これは? な、なんということだ、なんと恐ろしい……」

「な、何が」

「……うむ、気をしっかり持って聞きなさい。お主の息子は今、狙われている! それも、あの、伝説の邪竜にっ!!」

「じゃ、邪竜!?」

 思わずルクスを見たなら、自らを指差してきょとんとしている。

(聞こえてきた話をつなぐと、あの女性の息子さんが行方不明で、伝説の邪竜が狙っている、と。言葉だけなら物騒ですが、ルクスさんが探していると解釈するなら、あの女性の息子さんが星詠みの血筋?)

 ローブ姿の話を信じるのであれば、だが。

 そんなローブ姿は続けざま、これまで以上に信憑性を欠く、しかし何を目的としての奇行なのかはっきり分かる、俗物的なことを言い出した。

「息子の無事を願うのならば、この小石を特別にお譲りしよう。しかし、この小石はこう見えても霊験あらたかな川からひろっ――いや、川の主から譲り受けた代物。ワシのようにまじないに通じる者にとっても貴重な物であるからして……ううむ、お主の息子の命は代えがたい、とは言え、タダでというわけにも、なあ?」

「いえっ! 買います! 買わせてください!! お金ならいくらでも、家も土地も、会社すら手放しても構いません!!」

「ちょっ、奥様!?」

「せ、専務、お気を確かに!!」

 ローブ姿の手ごと小石を掴む女の叫びに、これまで見守るだけだった護衛が制止を叫ぶ。

(これは……)

 怪しい雲行きにヘキサの眉が怪訝に寄った。取り乱す女と押し留めようとする護衛二人の陰で、ローブ姿の口元がほくそ笑むのを見てしまったなら、疑いは確信に変わる。

 これをもって、ヘキサが彼らの話に加わろうとした矢先、

「ひっ!? ひいいいいいっっ!!? す、すみませんでしたああああっっ!!」

 突然、ローブ姿が飛び退き、そのまま地面を這いずるように逃げていった。

「ああっ、お待ちになって!!」

 艶やかな女の声も聞こえぬ様子を茫然と見送ったヘキサは、はっと我に返ってルクスを見た。ローブ姿の滑稽な動きを満足そうに眺めつつ、自身の顔を撫でつける様子に、思わず「ルクスさん……」と呆れた声を上げる。

 ローブ姿以外の視線が届かないのを良いことに、ヘキサの後ろでこっそり、竜の姿を露わにしたのだろう。

 クロエルでは知らぬ者のない、伝説の邪竜そのままの姿を。

「ほら、ヘキサ殿。ようやく話せる状態になりましたよ」

「……そうですね」

 考えようによっては平和的に解決できたとも言える。

 元とはいえ、邪竜の生存が知れ渡るのはあまり良くない気もするが、あそこまで怪しいローブ姿の言葉を信じる者は多くないだろう。

 ――あの術中にはまってしまった者ならともかく。

「ああ、そうでした」

 ヘキサは一つ頷くと、未だローブ姿を追おうとする女と、これを抑える二人の護衛へ近寄った。

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