第10話 忠告の真意

 コウルズへ編入するにあたり、ヘキサがシハンから受けた忠告は、唯一つ。

 ――いいかい、ヘキサ。ここではあまり、キミの恩恵を使ってはいけないよ。

 恩恵についての忠告自体初めてだったヘキサは、すぐさま何故と問うが、シハンは「コウルズ自体には、あまり変な見方をしてほしくないから」という理由でそれ以上教えてはくれなかった。ただ、「キミならその内、ボクの言っている意味が分かるよ」とだけ付け加えた。

 理解は出来ずとも、シハンに「いいかな?」と聞かれて断るヘキサではない。

 幼い頃より今に至るまで、シハン亡き後は殊更に、彼への信頼は厚いのだ。

 だからこそ、シハンの言わんとしていることをヘキサが知るのは、そう遠い話でもなかった。


 コウルズが内包する「院」。

 比類なき優れた研究機関が、ヘキサの恩恵ととても相性が良いことと――


 その倫理観が壊滅的であることを。


 決して両立して欲しくなかった二つの事実を前にして、ヘキサはでき得る限りのことをしてきたつもりだ。自身の恩恵をただのモノ探しと偽って使いどころを狭めたり、シハンの種族の特異性はどうにもならないとしても、そこから得た知識は何もないように振る舞ったり。

 全ては、「院」と縁遠くあるために。

 気づかれたら最後、抗う術も隙も与えられず、利用されてしまうのは分かりきっていた。その研究を成功させるために必要なモノが、例えば種ごと滅ぼすようなものであったとしても、「彼ら」は躊躇いなく求める。

 世間の評価や賞賛ではなく、ただ自らの研究の糸口を、成果を得るためだけに。探究心を満たすためだけに、悪意も敵意もなく、容易く他へ犠牲を強いられる。

 そんな「彼ら」の前では、しがないオウルの小娘の抵抗なぞ、全くの無意味。

 これがシハンの忠告の真意であり、ヘキサが「院」の教授の推薦を拒む理由だ。


* * *


「大丈夫ですよ。私も力になりますから。庇護は血筋に限られますが、それとてお嬢さんなしでは成し得なかったこと。次にお仕えする方だって、きっと貴方の力になりたいと言ってくださいます」

「……ありがとう、ございます」

 俯いた頭を撫でられ、懐かしさからヘキサの目が細まる。

 恩恵を使って手がかりを見つけた後、ベンチに座り込んだヘキサ。今まで隠してきたことを明かした負担は大きく、堰を切ったように男へ話してしまった。

 自分の恩恵と纏わる「院」との関係、なのに降って湧いた教授の推薦――。

 涙こそ出なかったものの、熱くなった頭に男の言葉と手の平の大きさは、どこまでも優しく感じられた。

(変ですね。シハンの撫で方とは何もかも違うのに、とても似ています)

 身体を持たないシハンのソレは、布がさやさや触れるだけの感覚だった。それでも温かかった思い出に、今が重なる不思議を感じつつ、心を落ち着けていく。

 ついでに、その相手が大昔同族を滅ぼしかけ、今も世を滅ぼす可能性を持っていると思い出したなら、小さな笑みが浮かんだ。

「……すみません、いきなり。まだ手がかりだけで探し出せてもいないのに」

 顔を上げれば、引いた手の持ち主は首を振った。

「いいえ。お話しくださってありがとうございます。正直、聞けて良かったと思っているんですよ。だからお嬢さんは邪竜と関わってくださったと分かりましたから」

「それは……」

 不意に言われ、言葉に詰まる。

 ヘキサが男に声をかけ、手伝いを申し出たきっかけは、確かに教授の推薦話のせいだが、好奇心や現実逃避といった理由であって、助力を求めてのことではない。

 だからといって、全く考えなかって来なかったのかといえば、そんなこともないのだと、ヘキサは自分の今の反応で気づいてしまった。

 清廉潔白を信条とした憶えはないが、あまりにも浅ましい考えではないか。

 知らず、弱みにつけ込もうとしていた自分に茫然とする。

 そんな彼女に対し、さらりと本心を暴いた男は首を振った。

「すみません。もしかしたら、貴方の考えは違うかもしれません。……ですが、私としてはそういう考えの方が安心できる。無償の善意は尊ぶものでしょうが、素直に信じるのは難しい。それだけのことをしてきたと、私自身、自覚はありますから」

「…………」

「ですから、気を悪くされたなら申し訳ありませんが、そういうことにしておいてください。貴方が私を助けるのは、自分のためだと。それに、この言葉さえ実のところ私自身のためなんですよ? 私を助けてくれた貴方を今度は私が助ける。ほら、素敵でしょう?」

「……ふふっ」

 おどけた調子で言う男に、思わず笑いが込み上げてきた。

 男を助けるのは自分のため。

 しかも男は伝説の邪竜で、教授と同程度、あるいはそれ以上の高位種と来たなら、推薦状に苦しめられてきた心が少しだけ軽く、ほんのり温かくなる。

 高望みはしないし、したくもないが、もしかしたら――。

 描く希望。しかしまずは、そのためにも果たさなければならないことがある。

「では、そろそろ行きましょうか。お陰で気は楽になりましたが、いつまでも休んでいるわけにいきませんから」

 探し当てた血筋への手がかり。一度ヘキサが心に留めたソレは、見つけ出すか、諦めるか、次の探しモノを探すまで、いつでも在処を確認できる。手がかりと定めたモノの位置を確認しつつ立ち上がれば、男が頷いた。

「そうですね。お嬢さんさえ良ければすぐにでも――っと、その前に」

 手を上げ、宙で一回し。

「!」

 途端、何かが取り払われるのを感じたヘキサは、驚きを鎮めながら理解する。

(ああ……結界を解かれたんですね)

 張られた時と同じ、本当に一瞬だけの違和感。

 それでも何ともなしにため息をつけば、

『――――――っっ!!』

 突如、甲高い音が鳴り響き、男を中心に風が舞った。

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