第37話 覗くは我らが桃源郷


 昼のイベントを全て終え、俺達は風呂に向かう準備をしていた。

 といっても着替えを詰める程度なので時間はかからないのだが。


「おい翔助、準備でき……何やってんの?」


 翔助の進捗具合を確認しようと後ろを向くと、翔助含め数人が何やら丸く固まっている。ミーティングでもしているようだ。


「おお悠一。朗報だぜ」


 言いながら翔助が手招きしてくるので何かと思い輪の中へと入っていく。男子数人が囲っていたのは一枚の紙だった。

 見取り図のように見えるが。


「なにこれ」


 当然の疑問をぶつけると、フッフッフッと翔助が不敵に笑う。


「風呂場の絵だよ」


「はあ?」


「レクリエーションの最中、我が誇り高きクラスメイト、杉本が仮病を使い調べ上げたものだ」


 翔助に言われた杉本は親指を上げてグッと見せつけてくる。杉本はきのこ頭の男だ。


「それで?」


 だから何だと言うのだろうか。

 俺が聞くと翔助は驚いた表情を見せる。


「いや、このシチュエーションとこの準備で普通察するだろ。学校の宿泊研修の夜、風呂の時間にすることと言えば覗き以外に何があんだよ」


 ……入浴だよ。


「いやお前、そんなのダメだってやめとけよ。バレたらどうなることか」


 漫画みたいに正座で終わるとは思えないぞ。


「そういうのはもう既に終わらせてんだよ。お前がするのは行くか行かねえかの選択だけだ」


「そんなの行くわけ……」


 でもちょっと待て。

 覗くとかは一旦置いておくとして、女子風呂には当然紗月もいる。もし万が一覗きなんかされたとなれば男性不信がさらに悪化する。

 ここでのテンションのこいつらを止めることは難しい。でも、この先タイミングはあるかもしれない。


「いや、とりあえず一緒に行くわ」


「んだよ、驚かせやがって。お前ならそう言うと思ってたぜ。マイ同志よ」


 翔助にガッと肩を組まれる。

 宿泊研修ということもあり、さらに夜になったことでテンションが高まっているのだろう。というか変なテンションになっている。

 どこかで冷静になってくれればいいのだけれど。


「話は済んだか? ならさっさと行動を開始するぞ」


 この計画の仕切りが杉本なのか、先導して部屋を出て行く。それに続くのが翔助、俺、それから大原と岡田の四人。

 合計五人が参加していた。あまり大人数になると動きづらいと踏んだのだろう。そういうところはしっかり考えるのな。

 一応全員がお風呂の準備を持っている。これは怪しまれたときに風呂に向かっていると言い訳するためなのだろう。

 まるで戦場に向かう戦士のような、あるいは試合前の選手のような顔つきで風呂に行くやつなんかいねえだろと思う。


「ん?」


 いや、いた。

 俺達とは別のグループ。あちらは三人。何も知らなければただ男三人がやけに緊張した顔つきで歩いているなと思うくらいだった。

 けど、今は事情が違う。


「あいつらも目的は一緒か」


 前を歩く翔助が言う。まさか他にも覗き魔がいるとは予想外だ。あそこまで防ぐことはできない。


「だが、目的地は違うようだぞ」


 先頭を歩くきのこ頭の杉本が言った。俺達とは違う場所を曲がっていったのだ。


「まさか他にも?」


「ああ。調べた限りではいくつかのスポットが存在した。俺達が向かうのは中でもバレにくい場所だ」


 覗きスポットが複数箇所存在する旅館ってのもどうかと思うな。どうして問題にならないのか謎である。

 どこに向かっているのか分からないままついていくと、そのまま風呂場へと突入した。


「さっと脱げよ悠一」


「え、風呂入んの?」


「んなわけねえだろ。風呂場から向かうんだ」


 言われるがままに服を脱ぐ。風呂の中にはそこそこ生徒の数があった。一応クラスごとに風呂の時間は決められているらしいので大混雑は防げている。

 風呂場を歩きそのまま露天の方へと抜ける。明らかに怪しいだろうが、風呂に入ってる奴らは周りに興味を示していない。


「しめた。誰もいない」


 杉本が言う。

 露天の茂みの方へと向かう。全裸にタオル一枚巻いた状態で何やってんだろ。

 どこかで冷静になる奴がいるかと思ってたけど、目的地が近づくにつれてボルテージは上がる一方だ。

 茂みを進むと大きな岩がある。しかしこの岩は茂みや木によって露天の方からは見えない。明らかに悪意がないと見つけられない場所といえた。


「この岩を登れば、エデンが待ち受けているぞ」


 しかも比較的登りやすい斜面が続く。こんなの、覗いてくださいと言っているようなもんだ。


「なあ、本当にやるのか?」


「んだよ、怖気づいたのか?」


「そんなんじゃないけど」


 そもそも覗く気がないんだよ。


「なあ、やっぱり……」


 一向にテンションが冷めることがなさそうなのでこのタイミングで静止を促そうとした。

 でも言おうとしたときには既に四人は登り始めていた。どんだけ覗きたいんだよこいつらは。


「ああもう、くそ」


 仕方なく俺も登る。

 上に近づくにつれ、うっすらと声が聞こえてくる。この岩が遮断していた声が、だんだんと聞こえてきているのだろう。

 その声の主はもちろん、この岩の向こうにいる女子達だ。


「ねえねえ紗月」


 そんなことに気づき始めたとき、聞き慣れた声が聞こえた。あれは三船のものだ。


「なんですか?」


「紗月はどうして彼氏を作らないの?」


「急になんですか……」


「いや、だってさ可愛いし、優しいし、それにお肌もこんなにすべすべで、お胸だって……それはまあ置いといて」


「ひゃあっ! ちょ、触らないで! あと胸のことは凛花も言えないでしょう!?」


 今、女子風呂で何が行われているのか容易に想像できた。まるで想像させてくれているかのような完璧な会話だったのだ。


「あたしはいいのよ。小さい方が動きやすいし邪魔にならないから。それに貧乳の方が好きっていうマニアックなジェントルマンだっているだろうし」


「……分かったから離れてもらえますか?」


「だって紗月ってばお肌すべすべなんだもん気持ちいい」


 三船のやつ、何てことをしているんだ。


「で、彼氏は作らないの?」


「必要ありません」


 そんな会話に聞き入っているのか登っている皆の手が止まっていた。


「逢坂さんって好きな人とかいないのかな?」


 先頭の杉本が言った。


「男と一緒にいるとこ見ないぞ」


「どうなんだよ、間宮、鳴子。お前らレクリエーション同じグループだったろ?」


 大原と岡田が言い、最後に俺達に振ってくる。


「喋りはしたけど、距離はやっぱり感じたかな。あの感じだと彼氏はおろか、好きな人とかもいないんじゃねえか?」


 紗月の男嫌いは筋金入りだ。どうしてそうなったのかなど、全然知らないのだけれど。


「紗月はどうして男の子が嫌いなの?」


 そんなとき、再び女子風呂の方から気になる話題が飛んできた。


「別に。ただ、彼らが不快なだけです」


 理由もなしにそんなことは思わないだろ。不快と思うに足る理由がそこにはあるはずなのだが。


「悪い人ばかりじゃないと思うけどね」


「……そうでしょうか」


「うん。間宮とかさ」


「……間宮、くんですか」


 登りを再開した前の四人の睨みつけるような視線が俺に降り注いだ。いや、なんで睨まれてんだよ俺は。


「羨ましいことですな。女子からあんなこと言われてよ」


 翔助がやけに恨めしそうに言ってくる。


「バカ言え。良いやつってことはそこ止まりなんだよ。褒められているように思えるけど、恋愛対象外だって通告されてるようなもんなんだよ」


 何も分かっていないようだな、翔助よ。しかし、俺の言ったことに納得はしていないようだ。


「ねえ、紗月。間宮ってさ――」


 俺達が頂上に到着する間際、三船が何かを言おうとした瞬間に、女子の悲鳴が聞こえた。

 そして、その女子は大きな声でこう言ったのだ。


「覗きよ!!!!」


 と。

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