第38話 お風呂上がりは


 俺達はまだ頂上にたどり着いてはいない。

 つまり、あちらから見えてはいないのでバレるはずがないのだ。


「他のグループがバレたのか」


 杉本は真剣な声で言う。

 確かここに来る道中に見かけたな。あのグループを含め、それ以外にも覗きを計画した生徒はいたのかもしれない。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 これはチャンスだ。


「なあ、やっぱりバレる危険性もあるわけだし今ならまだ未遂で」


「チャンスだ! 覗きがバレたとなれば全員の注意はそちらに向く。つまり、上の俺達がバレる危険性が一気に低下した!」


「よっしゃ!」


「行くぜ!」


「ひゃっほー!」


 ダメだこいつら、もう止まらねえ。どころか登るスピードが上がってやがる。

 どうしようもない。俺ではこいつらを止められない。ならばせめて俺だけでも覗かないでおこう。

 そう思ったとき、翔助らがやけに静かなのが気になった。

 上を見ると、彼らは既に頂上にたどり着き、下を見下ろしている。ということは目の前のエデンの光景に言葉を失っているのか。


「……」


 その割には、何だか複雑な表情だった。もっと喜びに満ちた、あるいは性欲に満ちた顔をしていてもいいように思うけど。


「どうした?」


「お前も見てみろよ」


 翔助が言いながら場所を空けてくれる。これもおかしい。普通なら我先に場所を確保し絶対に譲らなさそうなのに。

 やれやれとでも言いたげに溜め息をつく翔助を横目に、俺は真実を確認しに行く。

 頂上に行き、恐る恐る下を見下ろした。


「……あー」


 そういうことか。

 暗さもあるのか、しかしそれ以上に湯気が凄すぎて下が全然見えなかった。かろうじてそこに人がいるなくらいに影が見える程度。

 とてもじゃないが、思い描いていたエデンの光景とは言えない。


「戻ろうぜ」


 ここがベストなタイミングだった。俺の提案に首を振る者はおらず、皆が黙って岩を下りていく。

 結局、覗きは成功しないまま終わった。

 バレない高さだったがその分視界が悪かった。昼の時点ではお湯が張られてなかったのか、それとも温度的な問題か、湯気のことまで考えが至らなかったのだろう。

 風呂場に戻った俺達はそのまま各々体を洗い、湯船に浸かる。覗きという行為に時間をかけてしまったのでゆっくりする暇はなかった。

 明日こそはゆっくり入ろう。


「自販機寄って帰ろうぜ」


「ああ」


 すっかり切り替えた翔助と、帰りに自販機に寄る。ちなみに帰りは二人だけだった。

 せっかくなので俺も炭酸のグレープを購入しようとコインを投入する。

 そしてボタンを押そうとすると、


「ほいっ」


 するっと後ろから伸びてきた手がオレンジジュースを召喚させた。何事かと思い後ろを見ると、そこには三船と紗月がいた。

 二人とも風呂上がりで頬が火照っており、紗月は髪を上げている。俺達は使わなかったけど部屋にあった浴衣を着ている。


「ごちになります」


「奢るとは一言も言ってないぞ」


「じゃあ奢って?」


「ダメだ」


 きっぱり断ると三船はぶうっと頬を膨らませる。そんな顔をしてもいけませんよ、可愛いからといって何もかもが許される世の中ではないのです。


「じゃあ俺が奢ってやるよ」


 後ろから翔助が出てくる。

 そして自販機にコインを投入した。


「これでいいだろ」


「さんきゅー翔助」


 にぃっと笑いながら言う三船を見て、翔助は満足げに笑った。

 まあ、俺としては金が返ってくれば何でもいいのだよ。ただこの流れだと俺がめちゃくちゃケチみたいだ。


「あなたが凄くケチに見えてしまいますね」


 盛り上がる翔助と三船をよそに、ジュースを買おうとした俺に紗月が声をかけてくる。


「何だよ。お前エスパーか何か?」


「思ったことを言っただけです。ですが、ここでわたしに飲み物を買ってくれれば、そんな汚名は受けずに済みますが?」


「遠回しにたかってきてるじゃないか」


「わたしはあなたの名誉を守ってあげようとしているだけです」


 しかし。

 珍しい。

 あまり自分から声をかけてくることはないというのに。それに今はなんというか、雰囲気が柔らかい。

 宿泊研修というイベントに、何だかんだ言いながら気分が開放的になっているのかも。


「じゃあそういうことでいいよ。好きなもの飲めよ」


 いつもそういう態度でいてくれるといいのにな。そんなことを思いながら飲み物を奢る。

 紗月がジュースを買った後に俺もお目当ての飲み物を買う。プシュッと音を立てながらプルタブを開け、ごくごくと一気に飲む。


「お前ら何で浴衣着てんの?」


 着てはいけないとは言われていない。

 ただ、周りを見渡してもほとんどが持ってきた私服に着替えているのだ。確かに中には浴衣を着ている奴もいるけど。


「凛花が着たいとうるさかったので、とりあえず着ているだけです。部屋に帰ったら着替えますよ。こんな服のまま肝試しはできませんから」


「……肝試し?」


 俺が聞き返すと、紗月は呆れたように溜め息をつく。というかがっつりと呆れている。


「ちゃんとスケジュールは見ておいた方がいいですよ」


「あ、ああ」


 さすがに部屋に戻ったらしおりを読み返そう。さすがに何も知らなさすぎた。ぶっちゃけこの後飯食ったら終わりだと思ってたから。


「ではわたしは戻ります。ジュース、ごちそうさまでした」


 言って、紗月は三船を連れて行ってしまう。残された俺も翔助を連れて部屋に戻った。

 そして、しおりを読み返した。

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