第36話 いかだ作り


 バスに揺られること二時間弱。どこだか分からないけど、自然に囲まれた宿にたどり着いた。

 周りには建物などなく、見渡す限り木が並ぶ。少し先には海が見える。まさしく臨海学校の場所にふさわしいと言えるだろう。

 広間で相変わらず長い校長の話を聞かされた後、各々の部屋に荷物を置きに行く。


「この後って何すんだっけ?」


 荷物を置いて、少しだけ時間があったので部屋で足を伸ばす。横でごそごそと何かしている翔助に聞く。


「それぞれで違うぜ。森の散策だったり魚釣りだったり」


「なにそれ」


「ホームルームで決めたんだよ」


「いや、決めてねえよ」


 何の記憶もねえよ。


「まあ寝てたからな」


 どうせ座席を決めたときと同じタイミングに決めたんだろうな。


「え、じゃあ俺は何なの?」


「心配しなくても俺と一緒だよ」


 にっと笑いながら翔助が言う。勝手に決めたのに違うところだったらクレーム入れるぞ。


「魚釣りか?」


「んにゃ、いかだ作り」


「え?」


 今なんて言った?

 俺は聞き間違いだと思ってつい聞き返してしまった。


「いかだ作り」


「一語一句間違ってなかった」


 なんだよいかだ作りって。

 そんな俺の疑問は実際にその場に行くことで解消された。

 というか、なんだよとは思ったけど、いかだ作りはいかだ作りだった。それ以上でもそれ以下でもなかった。

 準備を済まし集合場所へ向かうと、太い丸太や縄、蔦などが置かれていた。材料含めあらゆるものを現地調達という最悪のパターンは免れたのでよしとしよう。


「また会ったね、間宮」


「三船か。それとさつ――逢坂」


 俺のクラスからこのいかだ作りに参加することとなったのは俺と翔助、紗月と三船の四人だったらしい。これも初めて知った。


「また会ったねって、お前は知ってたんだろ?」


「その言い方だと間宮は知らなかったと言っているように聞こえるけど?」


 俺の隣にきて三船はこちらを見上げながら言ってくる。

 いかだ作りは体育着を着て参加する、ということで全員がお揃いの衣装である。お馴染みの白い上に紺色の短パン。この時代にブルマというものは存在しないのだろうか。


「知らなかったんだよ。いかだ作りだということもさっき知ったからな」


「だろうね。間宮をいかだ作りに引き込んだのは何を隠そうこのあたしだからね」


「なにその衝撃の事実」


「せっかくだから一緒にやりたかったの」


 この女、無自覚系主人公か。

 そういうことを誰にでも言ってのけるタイプだから勘違いしたりはしないけど、分かっていてもどきどきしてしまう。

 中身はともあれ、容姿はいいからな三船は。まあ胸は残念無念ぺったんこだが。


「む、何か失礼なことを考えられている気がするな」


「気のせいだよ」


 なんて鋭い子……。

 女の勘、という言葉をよく聞くけどあれってあながち油断できないよなあ。


「……」


「なに?」


 三船が翔助のところへ行ってしまい一人になった俺に、紗月が半眼を向けてきていた。


「別に、何でもないです」


 しかし、聞けばそれはそれで短く言ってふいっとそっぽを向いてしまう。

 あっちに仲良くする気がないから今回のミッション、というか俺の現在の生涯ミッションは難航している。

 紗月が心を開いてくれればトントン拍子に事は進み、ハッピーエンドに向かうだろうに。


「……」


 俺にとっての、あるいは俺達にとってのハッピーエンドって何なんだろう。

 考えたこともないから、分かりっこなかった。


「何してるんですか、みんなあちらに集まってますよ」


 ぼーっとしていると紗月に言われる。指差す方を見ると確かに集合していたので、俺も慌てて合流した。


「今日は髪縛ってんだな」


「邪魔になるかもしれないですから」


 今日の紗月はポニーテールだった。

 思い返すと体育祭のときもそうだったし、動いたりするときは纏めるのだろう。休日もたまにいじってるけど、紗月はわりとヘアアレンジの種類が豊富なように思える。

 そんな話をしながら合流すると係りの人からいかだ作りの説明をされる。といっても簡単な説明だけでわりと自由にしていいとのこと。

 要は丸太を縛ればいいだけだろう。


「全グループのいかだ作りが終わりましたら、最後に軽い競争をしてもらおうと思うので、みんな頑張ってくださいね」


 その言葉を最後にそれぞれがいかだ作りに突入する。

 あんなことを言われれば、うちの二人は盛り上がるに決まっている。


「勝負と言われると燃えてくるね」


「おうよ! ぜってえ負けらんねえぜ」


 案の定、翔助と三船が燃えた。やる気のボルテージが一気に高まった二人のあとを俺と紗月が追う。


「あなたは盛り上がらないのですか?」


「いや、あそこまではならんだろ」


 そりゃせっかくだから楽しもうという気持ちはあるけど、目の前のあの盛り上がりようにはついていけない。


「……昔はもっとはしゃいでたのに」


「え?」


 ぼそり、と紗月が何かを言う。上手く聞き取れなかったので聞き返すが、紗月はそれに答えてはくれなかった。


「こら間宮! この三船ちゃんが仕切る以上そんなところでおサボりは許さないぞ!」


「そうだぞ悠一。お前には最高峰の重労働を用意してやるから覚悟しておくんだな!」


「重労働の担当は翔助だよ?」


「え、そうなの?」


「うん。とりあえず丸太持ってきて。一人で」


「鬼か!?」


 そんな感じで始まったいかだ作りだが、作ってみると案外楽しくて疲れさえも吹き飛んだ、なんていう展開はなく、別に特別楽しいわけでもなくシンプルに労働させられた気分だった。

 森の散策や魚釣りが楽しかったのかは謎だけど、これよりはマシだったんじゃないかな。


「でーきたっ!」


「中々の出来栄えじゃねえか?」


 そんなことを考えながらもせかせかと作業を進め、ついに我がグループのいかだが完成した。

 中々の出来栄えというが、材料はどのグループも一緒なのでさして見た目は変わらない。要所要所に性格が出ているが。

 他のグループもぼちぼち完成しているので、俺達の作業効率は速くも遅くもなかった感じだろう。

 そして、全グループのいかだが完成したところで、宣言通り簡単なレースが行われた。

 目印のところまで漕ぎ、折り返して返ってくるというシンプルなものだが、イベントのテンションもあって皆のやる気は上がっている。


「負けねえぜ」


「間宮もしっかり仕事してよね」


「役目は果たしたろ」


 まだ働かせるとかブラック企業かよ。まあ、しかし、可愛い子に使われるというのは案外悪くなかったり思う。

 なんて考えていると背中を小突かれた。振り返ると紗月がふてくされているような顔で睨んできていた。


「痛いな」


「鼻の下が伸びていたので」


 言われて咄嗟に鼻のあたりを手で覆う。そんなことはないはずだ。三船はぺったんこだし、あれに興奮はしない。けどシンプルに可愛いからそれに照れた可能性はある。


「……すけべ」


 ぼそり、と言って紗月はいかだに乗り込んでしまう。翔助と三船も乗り込んでおり、俺も後に続く。

 結論を先にいうと、俺達のいかだはレース半ばで水没し沈んだ。というか、ほぼほぼのグループのいかだはそうなった。

 それを見越してなのか海は浅いエリアだった。溺れるとかはなかったけど、しっかり服はびしょびしょだ。

 なんとか陸まで戻ってきたときにはクタクタだった。


「くそ、こんなに濡れるんなら水着着てくるんだった」


「全くだぜ、パンツまでぐしょぐしょだ」


「下に水着着てくることって書いてたよ」


 言いながら、三船は上の服を捲り、紺色のスクール水着をチラつかせる。


「は?」


 翔助はそんなこと一言も言ってなかったぞ。そう思いながら翔助を睨むと、てへぺろっと舌を出した。あの野郎。


「ねえ、紗月」


「……」


 声をかけられた紗月は酷く憂鬱そうな顔をしていた。

 ははーん、さては水着を着てくるのを忘れたな。


「大丈夫、紗月?」


 三船も大方を察し、察しを心配する。

 紗月はタオルで体を覆いながら、諦めたように天を仰ぐ。


「早く帰りたいです」


 ですよね。

 俺達は何も言い返せなかった。

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