第35話 お菓子争奪戦


「あ、あたしにもそれちょうだい」


 翔助が持ってきたポッキーを二本もらい食っていると、前の席の三船が身を乗り出してこちらを向く。

 そしてぐっと手を伸ばしお菓子を奪った。胸があってはそこまではできまい、貧乳たる三船だからこそできた所業だ。


「あ、おい!」


「あはは! 奪われる方が悪いんだよ」


 笑いながら座り直して姿を消す。

 聞いていたとおり、バスの座席は俺と翔助が隣同士で、その前に紗月と三船が座る形だった。

 改めて思い返しても全く覚えがない。プールの後とはいえどれだけくたばってたんだ、俺は。


「まあまだまだあるからいいんだけどな」


 言いながら、翔助は別のお菓子を取り出し封を開ける。別にお菓子はいくらまでとか、小学生みたいなことは言われてないけど、それにしても買いすぎじゃないか? 荷物がやけに多いと思ったらそんなものが入ってたのか。


「あんま食べすぎるなよ」


「何言ってんだよ、こんなときに食わねえでいつ食うんだよ! 今ここに宣言するぜ、俺はこの臨海学校の期間中お菓子を食べまくるッ!」


 なにその宣言。

 呆れながら溜め息をつき、俺は窓から見える景色に視線を移す。

 高速に乗っているので見える景色が綺麗とかそんなことはないけど、普段見える景色とは高さが違ったりしていて結局新鮮ではある。


「おい翔助」


 そんなとき、再び三船がこちらを向く。


「ああ?」


 今まさにポテトチップスにありつこうとしていた翔助は手を止め顔を上げる。


「紗月が甘いもの食べたから今度は塩っけのあるものが食べたいそうだぞ」


「ち、ちょっと凛花! わたしは別に催促をしたわけではありません!」


「でも食べたいんだろー?」


「そりゃあ、まあ」


「だってさ。だからそのポテチを寄越しな」


「いや俺まだ一口も食べてない」


「じゃあ一口食べてから寄越しな」


「そもそも俺のなんだが!?」


 あの翔助が珍しくツッコんでやがる。ぶっちゃけどうでもいいので口は挟まない。完全な傍観に回るとしよう。


「よし、じゃあじゃんけんをしよう。あたしが買ったらそれちょーだいね」


「お、勝負か? だったら負けらんねえぜ」


 この場のノリしか見てないので自分に何のメリットもないことに気づいていない。

 負けたらお菓子を奪われるというのに、買ったときの報酬が何もない。けどノリと勢い的にそんなことをいちいち決めたりしない。


「じゃんけん」


「ぽん!」


 翔助がグー、三船がパー。誰が見ても翔助の負けである。あーあ、可哀想に。用意していたお菓子がまた一つ奪われた。


「ということで、はい」


 三船が手を差し出して催促してくる。

 が。

 翔助はここで引かなかった。


「いいや、まだだぜ! こっちにはまだ悠一がいる。俺の意志はこいつが受け継ぐぜ!」


「はあ?」


 急に俺に振るなよ。


「頼むぜ悠一。俺達のポテチを守ってくれ!」


「いや、俺は別に」


「なんだい間宮。君はそちら側の人間だったのか! 仕方ない、相手になってやろう。間宮に勝てば文句はないね?」


 三船はなぜかノリノリだ。

 面倒なのでさっさと済ますか。


「じゃあいくぞ、じゃんけん」


「ぽーん!」


 俺はパー、三船はグー。

 そのとおり、俺の勝ちである。


「よっしゃよくやったぜ悠一! これで俺達のポテチは守られた!」


「さいですか」


 そりゃよかったな。


「いいや油断するのはまだ早いよ! 忘れてもらっちゃ困るね。こちらには最終兵器がいるのだよ!」


「なにッ!?」


「カモン、紗月!」


「えっ」


 三船の呼びかけに戸惑いの声が返される。背もたれで顔は見えないけど驚いた顔をしているに違いない。


「カモン、紗月!!」


「……いや、でも」


「カモン紗月!!!」


「……はい」


 三船の勢いに負け、紗月は渋々ながらひょこっと顔だけを出してこちらを向く。

 あれはお前が折れるしかなかったよ。三船は立ち上がるまで延々と言っていただろうからな。


「うちの紗月が勝てば、そのポテチはもらうんだからね」


「悠一が勝てば諦めろよな」


 俺全然関係ないんだよなあ。

 顔の半分しか見えていないので表情は分からんけど、きっと後悔してるだろうな。

 そうだよ、お前がポテチを欲しがらなければこんなことにはならなかったのだ。


「……」


「……」


 翔助と三船は一世一代の勝負でも見守るように、緊張した趣でこちらを見ている。

 暫し、沈黙だった。

 え、俺らが音頭取るの!? いやいや、え? ちょっと待って、テンションがついてきてないよ。


「……」


「……」


 察せや。

 ごくり、じゃねえんだよ。

 審判が音頭を取る試合だってあるだろ。じゃんけんでだってそういうのは見るんだから、それでいいだろうが。

 なんで急に傍観者なんだよ。

 といってもこの雰囲気、やらなければ終わらない。

 仕方ない。


「じ、じゃんけん」


「ぽ、ぽん……」


 なんて覇気のない勝負なんだろうか。

 結果、俺はパー、紗月はチョキで相手の勝ちである。このよく分からん空気が終わったのでどうでもいいんだけど。


「よっしゃやったよ紗月! あたし達の勝ちだよ!」


「え、ええ。よかったです」


 ちょっと嬉しそうじゃないか。

 あんな感じでもしっかりポテチ欲しがってたんじゃねえか。


「しゃあねえなー、ほらよ」


 約束は約束。勝負は勝負。

 負けたことを認めた翔助は持っていたポテトチップスを三船に差し出す。それを受け取った三船は満足げな顔を浮かべて座り直した。


「負けちまったな」


「そうだな」


 言いながら翔助はリュックからさらなるお菓子を登場させた。しかも中にはまだまだあるように見える。


「あっちついてからにしたらどうだ? なくなるぞ」


「大丈夫だ。これはバスの中で食う用だから」


 しっかり考えてるのか。ていうか、だとしたらほんとにどんだけ持ってきてるんだ?


「ほら、お前グミ好きだろ?」


「まあ、嫌いじゃないけど」


 学習しようぜ、翔助。

 甘いもの与えて、塩っけのあるものを奪われ、お前がまた違うタイプのお菓子を出せば……。


「おお、それはグミだね。ちょうど弾力のあるお菓子が食べたいと紗月と話していたのさ」


「ちょ、わたしは言ってませんけど!?」


「勝負だよ、翔助!」


「受けて立つぜ、凛花!」


 そして当然のように、俺はとばっちりを受けるのだった。

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