第20話 看病


 学校から家まではそう遠くはないとはいえ、人を一人おぶって歩くとなると中々の重労働である。

 そんなことを口にすればたちまち全国の女性からデリカシーナシ男と呼ばれるので控えておく。


「……ごめんね、重たいでしょ?」


 弱々しい声で深雪さんが言う。


「いや、思っていたよりは全然ですよ。こんなんでダイエットとか言ってたのかってくらい」


 女性をおぼった経験がないので比べようはないけど、たぶん軽い方なんだと思う。


「……むう、いじわる言うんだね悠一くん」


「そんなつもりはないですけど。しかし、なんで紗月には言わなかったんですか?」


「紗月ちゃんに心配かけたくはなかったんだ、ていうのは言い訳で怒られたくなかったの」


 しっかり食べなかった結果がこれだと言われると確かに紗月はねちねちと言ってきそうだな。


「……俺だって言いたい気持ちはありますよ?」


「あ、はは。ほんとにごめんね」


 そうしおらしく謝られると強くは言えない。まあもとからそこまで言うつもりはなかったけど。

 やっぱりしんどいのか深雪さんの口数は少ない。なので俺からもあまり話しかけはしない。

 無言のまましばらく歩いていると背中に柔らかい感触が押し当てられる。そう言うと当ててきているようだけど、一応気にしていたのだろう。

 けどついにこちらに体重を預けてきた。あまり感じることのない感触に全神経を背中に集中したくなる。

 けどそうすると深雪さんに申し訳ない気がするので極力別のことを考える。


「すう」


 そして、暫くすると微かに寝息が聞こえてくる。

 出来るだけ揺らしたりしないように気を張りながら家までの道をひたすら歩いた。

 そんな感じでようやく家に到着したわけだけど、その頃には俺のスタミナも赤ゲージにまで消耗していたが最後の力を振り絞り見栄を張る。


「……とりあえず、俺の部屋で寝てもらうか」


 深雪さんの部屋は二階だ。何かあったときの行き来が大変だろうから、それならば一階で寝た方が楽に違いない。

 家に入り、廊下を歩いて自室にたどり着く。布団は基本的に敷きっぱなしなので寝かすのに苦労はしなかった。

 布団に寝かそうと下ろしたタイミングで深雪さんは目を覚ました。


「……あれ、ここ」


 自分の部屋でないことに気づいた深雪さんが小さく声を漏らす。


「上だと行き来が大変かと思って。やっぱり自分の部屋の方がいいですか?」


 俺が聞くと、深雪さんはゆっくりと首を横に振った。


「悠一くんに、悪いなって」


「俺は気にしませんよ。むさ苦しい部屋で申し訳ないけどゆっくり休んでください」


 紗月はまだ帰ってきていないようだ。

 あいつは帰るのが速いから基本的に俺が帰宅したときにはもう家にいることが多い。

 このパターンは結構珍しいのだ。

 こういう日に限って、というやつだ。


「ん?」


 スマホが音を発して何かを主張する。このメロディはメッセージだな。

 翔助とかなら放置するけどもしかしたら大事な用かもしれないと思い一応確認する。

 まさか紗月ではないと思うけど。

 連絡先はとりあえず交換してるけどメッセージを交わしたことは一度もないのだ。


「……」


 花恋ちゃんからだった。

 メッセージの内容はつまるところ友達の家で遊ぶから帰るのが遅くなる、というものだった。

 普段あまりそういうことはしないのになぜこんな日に限って。


「花恋ちゃん、友達と遊ぶから帰りが遅くなるって」


「そ、か」


「言わなくていいんですか?」


 聞くと、深雪さんは小さく頷く。

 心配はかけたくないという気持ちも分かるけど、でもこれは緊急事態とも言える。言わないと二人にいろいろと言われそうだけど。

 いつも長女としてしっかりしてきた深雪さん的には、弱っている姿は見られたくないのだろう。

 つまり彼女的には帰りが遅くなるというこの状況は有り難いのかもしれないな。


「スマ、ホ」


 微かに聞こえる着信音。俺のものではないので深雪さんのスマホなのは確実だ。

 それは彼女も思ったのか、スマホを欲しがった。俺はカバンの中にあるそれを取り出して深雪さんに渡した。


「……」


 ぼうっと画面を見てから、それを俺に見せてきた。


「え、なに」


 説明するのはしんどいから見せてきたのだろう。画面は紗月からのメッセージが表示されていて、これも要約すると帰りが遅くなる、というもの。

 なんで今日に限って二人とも遅くなるんだよ。


「……二人には、言わない、でね」


「まあ、深雪さんが言うなら」


 彼女の意思がそうであるなら、俺は余計なことはしたくない。従うのみだ。ならばせめて、俺が出来る限りのサポートをしてあげよう。


「とりあえず少し休んでください」


「……う、うん」


 しかしどうにも深雪さんの返事は鈍い。俺の布団だから嫌がっている、とかじゃないと思うけど。


「どうかしました?」


「ん、とね」


 言いづらそうに口をもごもごと動かしていた深雪さんは、俺の目を見て申し訳なさそうに口を開いた。


「このまま寝ると、制服が、しわになっちゃうから、着替えたいんだけど」

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