第19話 深雪が倒れた


 放課後。

 ショートホームルームが終わると教室の中はざわめきを取り戻す。

 部活に向かう者。

 寄り道しようと話し合う者。

 一人でいそいそと支度をする者。


「おう悠一。今日はなんか予定あんのか?」


「いや、特には」


「じゃあ商店街の方寄って帰んねえか?」


 早々に帰り支度を済ませた翔助が俺の席までやってきた。


「ああ、いいぞ」


 帰ってもすることはないしな。

 そういうことならさっさと支度するか、と荷物をまとめていると、


「間宮君、ちょっといいかしら」


 担任の成瀬絵里先生に呼ばれる。

 黒髪のボブ。まだ二〇代ということもあって男子生徒からは人気のある先生だ。ぴしっとスーツで決めているところもポイントが高い。


「ちょっと先生についてきてもらえる?」


「え、と、長くなります?」


「……まあ、ならないこともないわ」


 曖昧な返事をしてくる。

 何かは分からないけど逃げるわけにもいかないので、俺は諦めたように立ち上がる。


「そういうことだから、寄り道はまた今度にしてくれ」


「ああ、仕方ねえな。しかし羨ましいぜ、絵里先生と放課後秘密の授業なんてよ」


「……誰もそんなこと言ってないだろ」


 脳内お花畑か。

 何を妄想しているのか、天国にいるような幸せそうな顔をしている翔助を放って先生のもとまで行く。


「約束でもあった? 悪いわね」


「あ、いえ全然」


 言いながら俺達は教室を出る。

 たむろしながら喋る生徒やどこかへ向かう生徒。先生と二人で歩く俺は珍しいのか皆がちらと一瞥してくる。

 まあそのほとんどは、あいつ何やらかしたんだ? って視線だろうけど。


「俺、なんかやりました?」


 俺も心配してるけど心当たりはないんだよなあ。


「別にそういうのじゃないわよ。それともなに、懺悔すべきことでもあるのかしら?」


 ニタリ、と笑って先生はこちらを向く。表情がコロコロ変わり、気さくなので対面すると実年齢よりも若く感じる。

 それも彼女の魅力なのだろう。


「いえ、ないから困ってるんですよ」


「そう。まあ良いことか悪いことかという話なら後者に当たると思うけど。あなたが怒られる話ではないわ」


 その補足はより一層不安を煽るんですけど。

 そうは思いながらも言いはせず、俺は黙って先生についていく。すると到着したのは保健室だった。


「これはもしかしなくてもドキドキの放課後イベント突入ですか!?」


「……何を言っているのか分からないけれど、入ってちょうだい」


 保健室というドキドキのイベントスポットにテンションの上がった俺に先生は冷ややかな視線を向けてくる。


「うす」


 冗談は通じないか。

 言われて中に入る。普段保健室には来ないので室内の異変には気づけない。なので、なぜここに連れて来られたのか、中に入っても分からなかった。


「こっちよ」


 そう言って先生はベッドのある場所を囲うカーテンをゆっくりと開ける。

 え。

 いやいや、ちょっと待って。

 保健室、カーテンで囲まれたベッド、先生と生徒、そして男女。こんなんエロ漫画的展開以外にある?


「……」


 バカみたいな考えはカーテンの中に入った瞬間に消し飛んだ。驚きのあまり言葉を失った。


「深雪さん?」


 ベッドに横たわっていたのは深雪さんだった。頬は赤く染まり、呼吸による胸の上下が何だか激しいように思える。


「六時間目の授業をしているときに倒れたらしいわ」


「え!?」


 倒れたって、どういうことだよ。


「う、んっ」


 俺の声が大きかったのか、深雪さんが寝苦しそうに声を漏らす。


「貧血とか言っていたけど、この様子だと熱もあるわね。保健の先生曰く、栄養不足が祟ったらしいけれど」


「栄養不足?」


「それが原因で結果発熱にまで繋がったみたいね」


 そういえば最近ダイエットが云々言っててあまり食べてなかったな。家でもある程度は食べてるけど以前よりは減らしていたし。

 それが原因なのか?


「先生は今席を外しているけど、このまま連れて帰って大丈夫みたいよ」


「さつ……逢坂には?」


 紗月がこの場にいないことに違和感を覚える。この話を聞けば飛んできそうなものだけど。

 そう思い俺が聞くと、先生は肩をすくめる。


「どういうわけか、逢坂さんのご指名だったみたいよ?」


「俺を、ですか」


 どうしてなんだろう。

 紗月では運べない、ということか? それを言うなら俺も運べる気はしないんだけど。


「んっ、ん?」


 話し声が聞こえたのか、深雪さんが目を開く。


「あ、すいません。起こしちゃいました?」


「……ううん、こっちこそごめんね。迷惑かけちゃって」


 弱々しい声はいつもからは想像できない。本当に弱っているのが目に見て分かる。


「ここで寝ててもですし、帰りますか?」


 俺が言うと、深雪さんは小さく頷く。


「間宮君。ここは男を見せるときよ?」


「え」


 どういう意味かは少し考えれば分かる。それは深雪さんも分かったようで、渋い顔をする。


「だい、じょうぶです、よ。歩いて、帰れます」


 言いながら深雪さんは立ち上がろうとする。しかしふらふらしてベッドに再び腰を降ろす。


「逢坂さん、無理しない方がいいわ。大丈夫よ、間宮君が男を見せるから」


 この人めちゃくちゃ俺におぶらせたがるな。

 深雪さんの方を見ると申し訳なさそうにこちらの様子を伺っている。恥ずかしい、というよりは俺に気を遣っているようだ。

 だとしたら仕方ない。

 先生の言葉を借りるわけでもないが、ここは頑張るしかないか。

 諦めたように俺は溜め息をつく。


「男、見せましょうか」

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