第21話 あーん
「着替え、ですか」
「うん」
とはいえ、この状態の深雪さんに着替えを取りに行かせるのは酷だろう。かといって二階は男子禁制だから俺が取りにも行けないし。
「俺の服、貸しましょうか?」
無難な解決策だと思う。
深雪さんは三姉妹の中では一番身長が高いけど、それでも俺の方がまだ高い。服が入らないということはないだろうし、大きめの服もあるから大丈夫だろう。
「いいの?」
「全然。何ならこっちが聞きたいくらいですよ」
男の服なんて着てられるかよ、とか言われたら何も言い返せないしな。しかもちょっと傷つくという。
「ありがと」
深雪さんの了承を得たので俺はタンスの中の服を漁る。大きめの服は普段あまり着ないので奥の方に収納しているはずだ。
あれでもないこれでもないと探しているとようやく見つける。可愛くデフォルメされたチュパカブラがプリントされたシャツだ。去年だったかの誕生日に友達から貰ったけどデザインもダメだし大きいしで全然着なかった。
このチュパカブラシャツは、今日この日のためにあったのかもしれない。
「とりあえずこれでいいですか?」
俺がシャツを渡すと、まじまじと大きくプリントされたイラストを眺める。
「悠一くんのセンスは、何というか、独特だね」
「貰い物です」
そんなシャツは好き好んで買わんでしょ。軽くツッコミを入れながらドアのとこまで歩く。
「着替えれますよね?」
「え、あ、うん」
「俺出てるんで、何かあったら呼んでください」
「……あ、はーい」
何かを言いたそうにしていたような気もするけど、俺はさっさと部屋を出た。
リビングで暫し時間を潰す。
スマホで風邪の時の食事とか調べていると、ふと自分のミスに気づく。
「ズボン渡してねえ」
あの顔は、あれズボンは? という意味だったのか。そりゃそうだよな、シャツだけ渡されてもポカンとしちゃうよな。
どうしようか。
「……大きめのサイズだったし、まあいいか」
部屋を出てから少し経つので、もしかしたらもう寝てるかもしれない。だとしたら部屋に入って起こすのも申し訳ないし。
寝るだけだしな。
「よし、飯を作ろう」
おかゆとかがいいんだよな。でも食欲ないときはうどんとかの方が食べやすいかもしれないし。
両方作ろう。
食べなかった方を俺の晩飯にすればいいだろう。
遅くなるって言ってるし紗月も花恋ちゃんも晩飯は各々食ってくるよな。
「さて、レシピから何まで全てスマホで調べ上げれるのがこのご時世。便利な時代になったもんだ」
誰にでも一人で呟く。
もしかしたら俺はひとり言とか平気で言えちゃうタイプなのかもしれないな。
普段やらない料理にチャレンジするということでテンションが上がっているのかもしれない。
食材を準備して調理に取り掛かる。
といっても特別複雑な調理過程があるわけでもないし、隠し味がとかオリジナリティがとか言うつもりもないので作業はつつがなく進む。
調味料の度合いを間違えなければ食べれるものにはなるはずだ。極端な話、おかゆは炊くだけだしうどんは湯がくだけだから。
全ての調理を終えた頃には一八時を回ったくらいになっていた。ざっくり一時間はキッチンにいたことになる。
「よし」
俺の部屋まで一度行き、深雪さんの様子を伺う。ゆっくりとドアを開けて中に入ると、微かにすうすうと寝息が聞こえる。
よく寝ているようだった。
が、俺の気配に気づいたのか彼女はゆっくりと目を開いてこちらを見てきた。
「悠一、くん?」
「ご飯作ったんだけど、食欲あります?」
「う、うん」
すると、ぐううとお腹が鳴った。もちろん俺のではないので深雪さんのものだ。
きっと毎度のことで昼飯もあまり食べなかったのだろう。
「おかゆとうどんがありますけど、どっちがいいですか?」
深雪さんは少しだけ悩んで「じゃあおかゆで」と答えた。俺はキッチンからおかゆを持ってくる。まだ十分に温かい。
俺が料理を持ってきたところで深雪さんは体を起こそうとする。が、まだうまく体に力が入らないのか難航している様子だ。
「無理しないでください」
まだ体調は悪そうだな。
俺が彼女の背中に手を回して起き上がるサポートをする。触れた体は熱く、若干汗ばんでいる。
「ありがと」
「おかゆ、食べれますか? レシピ通り作ったんで不味くはないと思うんだけど」
「悠一くんが作ったの?」
「まあ、一応」
俺が答えると、何がよかったのか嬉しそうに笑った深雪さんは潤んだ瞳をこちらに向ける。
「なん、ですか?」
まるで告白でもしてくるんじゃないかと勘違いしてしまうくらいに真剣な眼差しに、俺は思わず聞き返してしまう。
「うん、えっとね」
これまた言いづらそうにしている。
俺は彼女が言葉を吐き出すのを待つ。
「わがまま、言ってもいいかな」
「俺にできる範囲なら叶えますよ」
深雪さんがわがままなんて珍しい。
普段あまり言わないから、だからこそ言うのを躊躇っているんだろうな。
「食べさせて、もらってもいいかな」
「ええっ」
熱で紅くなっている深雪さんの顔がさらに真っ赤に染まる。
俺が驚いたリアクションをしたことで、彼女の表情が少しだけ残念そうに凹んだ。
「あ、いや、いいですよ全然! ただちょっと驚いただけです」
事実だ。
それくらいなら全然してあげれるけど、そんなことを言ってくるとは思ってなかったので思わず声が出た。
「ほんとに?」
「ええ。病人には優しくしろと教えられているので」
「そっか。悠一くんに優しくしてもらえるなら、風邪引いてよかったかな」
あはは、と冗談めかして笑う。
体の熱さほど体調は悪くないのか、冗談混じりに会話ができるくらいにはなっているらしい。
「それじゃあいきますよ」
俺はレンゲでおかゆを少量掬って深雪さんに向ける。それを見た深雪さんは少し躊躇いながら、ゆっくりと口を開く。
言い出したそっちが照れんでください。
「あーん」
俺は開かれた小さな口の中にレンゲを持っていく。その存在を確認した深雪さんは口を閉じておかゆを食べた。
変なことはしてないけど、何だかドキドキしてしまう。
それは深雪さんも同じなのか、もぐもぐと咀嚼している間、俯いてこちらを見ない。
「味大丈夫でした?」
その空気に耐えられなかった俺はそんなどうでもいいことを聞いてしまう。
「うん、おいしい」
深雪さんはにいっと笑って笑顔をこちらに向けた。弱々しくて、しんどそうで、俺を安心させようとしただけなのかもしれない。
でもその笑顔は本物だった。
さすがの俺にもそれくらいは分かった。
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