第16話 逢坂深雪は人気者②


「あ、そーなんだ。じゃあ私マズいことしちゃったんだね」


 せっかく来てくれたので無下にもできないということで二人で学食に行くことにした道中、俺と紗月の話し合いについてを説明した。


「まあ、俺は別にいいんですけどね。紗月が嫌がってるんで」


「男の子と一緒に住んでるなんて知られたくないんだろうね。これからは気をつけるよ」


 そんな話をしながら校内を歩いていると、周りからの視線を感じる。中には深雪さんに挨拶する生徒もいたが、やっぱりひそひそ話をしながらこちらを見る生徒がほとんどだ。

 中には睨んでくる奴もいる。主に俺を。


「深雪さんって人気者なんですね」


「どうなんだろね。副会長だからちょっと注文を浴びているだけだと思うけど」


「いやいや、男子からの熱烈な視線感じませんか?」


「あ、あはは……」


 しっかり感じているようだ。

 たぶんだけどモテるのだろう。ただ翔助の話からすると告白する人は少ないのかもしれない。


「悠一くんは何食べるの?」


 学食についたところでそんなことを聞かれる。


「んー、どうしようかな」


「私、購買の方見に行こうと思うんだけど」


「パンですか?」


「うん」


「俺は学食に並ぼうかな」


「じゃあ後でね」


 一度深雪さんと別れて券売機に並ぶ。うちの学食はレパートリーが多て助かる。まあ他の学校の種類の数が分からないから比べようはないけど。

 悩んだ末、カツ丼を頼み受け取る。安い、多い、速いの3連コンボだ。これで味もそこそこ美味しいので学生的にはありがたい。

 席を探していると、既に昼飯の調達を終わらせて席についている深雪さんが俺を見つけて手を振ってくる。

 あの人全然関係を隠すつもりないな。


「偶然ここが空いてたよ。混んでる中で見つけられるなんて、運がいいね」


「……はは、そっすね」


 確かに混んでいる。

 いつも割りかし混んでいるけれど、今日はいつもより人が多い気がする。まあ、こういう日もあるのだろうけれど。


「悠一くんの今日のお昼はー?」


 言いながら深雪さんは俺の手元を覗き込んでくる。カツ丼のかおりがよかったのか、深雪さんはうっと苦しそうに顔を歪めた。


「どうしたんすか?」


「いや、美味しそうだなと思ってね」


「深雪さんは……サンドイッチ?」


 彼女の前に置かれていたのはサンドイッチ。ミックスサンドである。いろんな味が食べれてお得な気がするから俺も好きだ。


「だけ?」


「う、うん。まあね……」


「足りますか?」


「そりゃあもうね、お腹ぱんぱんになっちゃうよ。なんならこれ全部食べれないまであるよ!」


「そ、っすか」


 力説してくるのでそれ以上は聞かないことにした。

 しかしあれだけで足りるなんて、なんて少食なのだろう。

 いただきます、と手を合わせカツ丼を食べる。そんな俺の前で深雪さんがちまちまとサンドイッチを咀嚼し始めた。

 それはまあいいのだけれど。


「……食べます?」


 何というか、ものすごく欲しそうに俺のカツ丼を見てくるものだからそう言わざるを得ない。


「いやいやいいよ! 私はサンドイッチでお腹が膨れちゃうからね!」


「そうですか?」


「そりゃあもう!」


 もぐもぐとサンドイッチを頬張る深雪さん。その後買っていたカフェオレをズズズと飲み込む。


「俺ならサンドイッチ一つじゃ足りないですよ」


「男の子だしね。それに育ち盛りだし、ちゃんと食べなきゃだよ」


「育ち盛りって言うなら深雪さんもですけどね」


「ま、まあね」


 俺は手に持っていたお箸を置いて、深雪さんの顔をよく見てみる。


「な、なにかな?」


「いや、とてもじゃないけどサンドイッチ一つで満足しているようには見えないんで」


「そ、そんなことは」


「体調でも悪いんですか?」


「そんなことないよ。それはない……見ての通りすこぶる元気だよ」


 腕を上げて元気アピールをしてくる。嘘をついている、というか無理をしているような気がするのだ。


「なら、いいんだけど」


 女の子にはいろいろあるしな。聞きすぎてまたデリケートな問題だったりしても何だし気にしないようにするか。

 そう思った時だ。


 ぎゅるるるる。


 と、お腹が鳴った。

 もちろん俺じゃないし、消化の音でもなさそうだった。

 そんなことを思いながら前を見ると、


「…………」


 深雪さんが顔を真っ赤にして強張らせていた。

 やはりやせ我慢をしていたらしい。


「お腹が空いてるならそう言えばいいじゃないですか」


「うっ」


「なんで食べないんですか? 金欠とか?」


「いや、そんなんじゃないよ」


「じゃああれか、ダイエットか」


「……」


 その沈黙は肯定そのものだ。

 なにより、バレたかーと言っているような苦笑いの表情が全てを物語っている。


「なんで急に?」


「いや、まあ、最近太ったなあとか思って体重測ったら、まあそんな感じで」


「どんくらい増えてたんですか?」


「悠一くん、その質問はデリカシーに欠けるよ」


「体重そのものは聞いてないのに……」


 それもダメなのか。

 制服だと少し太く見えるのかもしれないけど、家にいるときにはそんなこと思いもしないけどなあ。

 でも女の子って数グラムの増加でも騒ぎそうだし、男とは基準が違うのかな。


「あんまりそんなふうには見えないすよ?」


「でも数値がね、私に現実をつきつけてくるんだよ」


「……何なら痩せすぎじゃないかって思うけど」


「それは悪魔の言葉だよ悠一くん!」


「カツ丼いりますか?」


「それは悪魔の誘惑だよ悠一くんっ!」


 どうやら、それなりに意思は固いようなので、これ以上は言わないでおこう。


「まあ、そういうことならこれ以上は言わないけど、無理はしないでくださいよ。倒れでもしたら大変だし」


「大丈夫だよ、任せておいて。痩せてスリムになったら海かプールにでも行こうね」


「まだ春ですよ」


 気が早い。

 けどまあ、そういうのもありなのかもな、なんて考えてしまったとある日の昼休みだった。


 

「きちんと説明してもらおうか、悠一よォ。事と次第によっちゃあファンクラブが黙ってないぜ。つーか、俺が黙ってられねえ」


 教室に戻ると翔助が鬼の形相で待ち構えていた。

 くそ、すっかり忘れてたぜ。

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