第17話 バッドクッキング


 逢坂深雪は優等生である。

 優しく気さくで友達も多く、皆から信頼される人気者といっていい。その根源には彼女の完璧というイメージがあるのだ。

 確かにその通りで、運動は少し苦手だけれどそれを克服しようという気持ちをしっかり持っているし、勉強は問題なく、人間関係も良好。

 校内での彼女のイメージは保たれている。

 俺も深雪さんに対してはそういうイメージを持っていたし、それに対して疑いなど微塵もなかった。

 あの時までは。


「よし、じゃあ今日は私がご飯を担当しちゃおうかな」


 俺が逢坂家に居候し始めて一週間ほどが経ったある日のことだ。

 逢坂家の料理担当は紗月なのだが、その日は用事があって家にいなかった。

 ということで、深雪さんが立ち上がった次第である。


「え゛」


 別におかしいことはないというのに、花恋ちゃんは濁った声を漏らす。


「なに?」


「い、いやあ何でも……ただその、月姉もいないし、何か頼んでもいいんじゃないかなと思って」


「紗月ちゃんがいないときに毎回毎回頼むのはよくないでしょ? でも花恋ちゃんはお料理苦手じゃない」


「……苦手というわけじゃないけど」


「それに紗月ちゃんは今日は夜もいないみたいだからね」


 そう言って深雪さんはキッチンへと入っていく。そんな様子を見届けた俺は、横で憂鬱そうな顔をする花恋ちゃんに視線を移す。


「何か問題あるの?」


「大ありですよ。どうしてうちの料理担当が月姉なのか、考えたことありますか?」


「紗月が料理得意だからじゃないの?」


 それは極々自然な理由だと思うけど。得意な人がその役割を担う、いわゆる適材適所というやつだ。

 しかし、花恋ちゃんは無言で首を横に降る。


「違いますよ。月姉は結果的に料理が上手くなっただけです」


「じゃあなに?」


「……まあ、せっかくですからその身をもって経験してください。あたしも腹括るので」


 諦めたように言う花恋ちゃん。

 とはいえ。

 ここまでの展開でだいたいの予想はできるけれど、どうしてもイメージと一致がしないのだ。

 キッチンで鼻歌混じりに料理を進める深雪さんの姿は様になっている。エプロン姿も似合うし、手際だって決して悪くない。

 やはり、何かの間違いだろう、そうとしか思えなかった。

 そして、暫しの時間待っていると深雪さんがお皿を運んできた。その上にはオムライスが盛り付けられている。

 見た目だけでいえば普通だ。料理が苦手な人といえば完成形はぐちゃぐちゃになりそうなものだけど見事だ。

 普通に美味しそうなんだもん。


「別に問題なくない?」


「まあ、見た目はいい感じで持ってくるんですよ。まったく、その分質が悪いんですよね」


 それでも花恋ちゃんはまだ渋い顔をしている。


「それじゃあ、いただきましょうか」


 手を合わせ、その後それぞれがスプーンでオムライスを一救い。まず最初に口に入れたのは深雪さんだ。


「……」


 俺はじっと彼女のリアクションを待つ。不味いならばそれ相応の反応を見せるだろうから。

 しかし。


「うん」


 短く言って、二口目を口にした。

 なんだ、やっぱり何も問題ないんじゃないか。よく分からんけど、花恋ちゃんが食べたのがたまたま苦手な料理だったってだけなのだろう。

 ようやく安心した俺は掬っていたオムライスを口に運んだ。


「ん゛ッ」


 その瞬間だ。

 口の中に何とも表現しがたい味が広がる。少なくとも美味しくはない、けれど不味いというのは少し違うような気がする何とも分からん感覚。味がそんな感じで、その上食感がベチャベチャなのでダブルパンチだ。


「……油断しましたね。雪姉は味オンチなんですよ。結構なゲテモノでも美味しそうに食べてしまうんです」


 深雪さんには聞こえないように花恋ちゃんはひそひそと話してくる。

 これは予想していなかった。何段階のトラップが仕掛けられていたのだ。大人しく花恋ちゃんの話を聞いておけばよかったのに、雰囲気とイメージに騙された。


「正解発表をしましょう」


 表情を強張らせながら、花恋ちゃんはオムライスを咀嚼する。腹を括るというのは本気だったようで、残す気は毛頭ないらしい。


「正解、発表?」


「月姉が料理担当なのは雪姉に料理をさせないためなんです。最初は全然だったけど、食べたくない一心で腕を磨いたんですよ」


「……なるほど」


 この日俺も決意した。

 この失敗を繰り返してはいけない、と。

 俺もちょっとくらいは料理の勉強をしようかな、なんて思うのだった。

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