第14話 どきどきする?②


 ゴールデンウィーク二日目。

 夜。

 真っ暗の部屋。

 静かな空間。

 温かい布団の中。

 目の前にある柔らかい感触。

 高鳴る心臓。


「あったかい」


 俺の胸の中に入り込むように布団の中でもぞもぞと動く花恋ちゃん。ときどき当たる彼女の体は同じものとは思えないほど柔らかくて、彼女が“女の子”であることを嫌でも思い知らされる。

 そしてお風呂上がりということもあって、揺れる髪から放たれるふわりとシャンプーのかおりが鼻孔をくすぐる。

 これはある種、危機的状況であった。


「一体どうしたんだ?」


 頭の中の疑問を、心地よさが支配しかき消してしまいそうになる。その前にと俺は早口に言う。


「なんとなく、ですけど」


「何となくでやっていいことじゃないと思うんだけど」


「別におかしくないですよ。兄妹とかだと普通にしてますよ?」


 あんまり聞かないけどなあ、この歳になって一緒に寝る兄妹は。

 ていうか。


「なんで兄妹?」


「昼間に言ってたじゃないですか、あたし達は兄妹だって」


「いや、あれは」


 商店街を歩いているとき、花恋ちゃんのクラスメイトと遭遇して、あの場を収めるために咄嗟についた嘘。

 確かに俺は兄妹だと言った。


「……」


 俺が言葉を詰まらせていると、花恋ちゃんは再びもぞもぞと動き始める。

 さっきよりもさらに距離が近くなる。俺の腕の中に無理やりに入ってきたせいで、花恋ちゃんの柔らかいものがダイレクトに俺の胸元に当たる。

 花恋ちゃんはわりとスタイルがいい。胸だけを見れば紗月よりも大きいのだ。中学三年生にしては発育がいい方だ。

 そんな彼女のそれが当たれば、もちろん俺もいろいろと大変だ。でももし反応しようものなら問題は大きくなる一方。なんとか必死に理性を働かせる。


「ああいうときは彼氏って言うものなんですよ?」


「それだと彼らが可哀想かと思って」


「あたしは可哀想だと思ってくれなかったんですか?」


 どうやら、それを気にしていたようだ。どうして気にしているのかは分からないけど、妹って言われたのが嫌だったのかもしれない。

 デリカシーがなかったか?


「気をつけるよ」


「そうしてください」


 やけにしおらしい反応にこちらの調子も狂ってしまう。何というか、良くない雰囲気とでも言うのだろうか。ムードに流されるというのは、こういうときのことをいうのかもしれない。


「それを言いにきたの?」


「……まあ、半分くらいは」


「半分、なんだ」


「なんだかもやもやしちゃって、一人になって考えていると眠れなくて。だから、確認しようと思ったんです」


「確認?」


 花恋ちゃんはそう言って、俺に抱きついてくる。有り体にいえば、さっきまでは触れていた程度の胸を押し付けてきた。


「そうです。あたしは悠一さんにとって、妹なのかどうなのか」


 ぐいっと顔を近づけてそう言う。

 その距離はほんの僅か数センチで、どちらかがあと少し動かせば唇が重なってしまうくらいに近い。彼女の吐息を感じる。

 よくは見えないけど、花恋ちゃんの顔は紅く染まっているような気がした。あるいは、俺がそう思っているから錯覚しただけかもしれないけれど。


「どうですか?」


「どうですか、って?」


 花恋ちゃんはぐっとさらに顔を近づけてきて、俺の真横を通り過ぎる。彼女の目的地はどうやら耳元だったようで、到達したその場所で俺に囁く。


「どきどき、する?」


 そう言われた瞬間に、ぞわぞわと背中に何かが走る。

 どきどきしてるかだって? そんなもの最初から最後までずっとしてる。でもそれを悟られるとマズイと思い必死に抑えているのだ。


「そりゃ、当たり前だろ」


 こう言えば満足するのかもしれない、満足すれば離れてくれるかもしれない、そんなことを思いながら俺は答える。

 俺のその言葉を聞くと、花恋ちゃんは満足そうに小さく息を吐いて顔を離す。


「よかった。それなら、あたし達は兄妹じゃないですね」


 まるでからかうように、けれどどこか照れたように、いずれにしても嬉しそうな弾んだ声で花恋ちゃんはそう言った。


「それに、ちゃんと反応していてくれてよかったです」


 何が、とは言わなかったけどそんなの俺が一番分かっている。

 これは生理現象なんだからしょうがないよ。だって俺童貞だもん。女の子の体の感触なんて未体験ゾーンなんだもの。

 悔しい。


「……分かったなら離れてくれ。これ以上我慢するのは精神的に酷なんだ」


 こうでも言えばさすがに離れるだろう。

 昔から言うだろう、男は誰だってオオカミだって。舐めてかかると痛い目にあうのだと。

 しかし。

 花恋ちゃんはまだ退かなかった。


「いいですよ」


「え」


「あたし、悠一さんならいいです」


 胸元にあった彼女の手が動くのが分かった。胸元の手がお腹をかすり、そのまま腰辺りまで下りていく。

 ヤバい、そう思った俺は咄嗟に体の向きを変えた。方向転換に成功したおかげで何とか彼女の手の侵入は防いだ。


「……これ以上は本当にやめてくれ」


「いや、ですか?」


 少しだけ声が凹んでいるような気がする。


「……そういう問題じゃない」


 感じてしまった。

 落ち着いた雰囲気を出していても、いつもより大人びて見えても、まだ中学三年生の女の子だ。


「震えてる女の子と、そんなことはできないってだけだよ。それに、このまま襲いかかれるほど勇気もない」


「……ちぇー」


 小さくそう言ったが、体の震えは止まっていた。これ以上のことはしてこないだろう。

 俺もほっと胸を撫で下ろす。


「じゃあ部屋に戻りな」


「……」


 動かない。


「花恋ちゃん?」


「さっき、もやもやを晴らすのは理由の半分だって言いました」


「……言ってたね」


「これ以上は何もしないので、一緒に寝てもいいですか?」


 今度は挑発するような感じではなく、むしろすがりついてきているようだ。

 花恋ちゃんは俺の背中の服を掴む。


「……今日だけ、だよ」


「はい」


「明日は早く起きて、みんなが帰ってくる前に出ていくこと。でないと俺が殺される」


「……はい」


「じゃあ、まあ、仕方ない」


 今まであんまりなかったのかもしれないな。

 親が、姉妹がいないという環境が。

 静かな家の空気が、何となく怖かったりするのかもしれないな。俺も小さい頃はそんな日もあったし。

 今日くらいは、許してあげようか。


「おやすみなさい、悠一さん」


「おやすみ……」


 あれだけしおらしく言っていたからこれは本当に悪気はないのだろう。最後に俺に軽く寄り添ってきたせいで、彼女の柔らかい胸がしっかりと背中に当たっている。

 二つの硬いものが、その存在を分かってしまうくらいに自己主張している。

 それがより一層俺の理性を破壊しにきていて、花恋ちゃんの寝息が聞こえてきたその後も、とうぶん眠ることはできなかった。








 そして翌日。

 俺は悲鳴と共に目を覚ますこととなる。

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