第13話 どきどきする?


 いろいろとあった一日もあと僅かとなった。

 晩飯を食べ、花恋ちゃんが風呂を終えるのを待ってから俺も風呂に入る。決まりとかはないけど、一応最後に入るのがいつもの流れだ。

 温かい湯船に浸かると、一日の疲れが流れ落ちていくような気がする。昔は面倒で嫌いだったけど、今は何なら風呂が好きなまである。

 小さく鼻歌なんか歌ってしまう。風呂の中は声がこもり響くので、ふと我に返って歌うのをやめた。

 暫し入浴を楽しんだ俺は立ち上がり風呂を出る。

 部屋着用のシャツとハーフパンツに着替えた俺は自室へと戻る。


「……えっと」


 本日何度目だろうか。

 こうして彼女に驚かされるのは。


「おかえりなさい。悠一さんって結構長風呂なんですね」


 花恋ちゃんが俺の部屋にいた。

 もこもこのパジャマはどこぞの有名なパジャマのメーカーのものらしい。下は短パンのような短さでもはや足は隠せていない。上は長袖で前がチャックで開け閉めできる白と薄ピンクのもの。

 これ着ているだけで女子力が上がると女子の間では噂されているらしい。


「まあ、今日は時間もあるしな」


 いつもは三人が入ったあとなのでゆっくりしていると寝るのが遅くなってしまうので、気持ちささっと上がるのだ。


「そんなことより、何でここにいるの?」


 花恋ちゃんが俺の部屋に侵入するのは初めてではない。何なら今朝も驚かされている。けど風呂上がりのこの時間にがっつり訪問してくるのは珍しい気がする。


「まあまあ」


 誤魔化すように笑って言った花恋ちゃんは自分が座っている布団の横をぽんぽんと叩く。


「たまにはこういうのもありかなと思いまして」


「そういうもんか?」


 別にいいけどさ。

 深雪さんも紗月もいないこの家は意外と静かだ。この時間は普段ならリビングにいるか各々自室にいるのだけれど、自室にいると一階の俺的には今と変わらない静けさを覚える。

 けど、花恋ちゃんは部屋も隣なのだろうしいつもよりも静かだと感じているのだろう。


「そういうもんです」


 俺は招かれた布団の上に座る。この布団俺のなんだけどな。隣に座ると、風呂上がりの花恋ちゃんからふわっとシャンプーのいいかおりが漂ってくる。これ俺と使ってるシャンプー一緒じゃないの? それとも女の子は別のもの使ってるのかな。とてもじゃないけど同じものだとは思えない。


「これから何かする予定でした?」


「いや、ほどよく眠いしちょっとゲームでもして早々に寝ようかなと思ってたくらい」


 今日は出掛けたり何だりでいつもよりも疲れた気がする。といっても嫌ではなくむしろ心地よい疲れだ。


「お邪魔でした?」


 花恋ちゃんは俺の機嫌でも伺うように顔を覗き込んでくる。


「いや、大丈夫だよ。別にやらなきゃいけないことはないし」


「ならよかったです」


 そう言って花恋ちゃんはちいさく笑った。

 何というか、日中ほどのテンションの高さはなく今はほどよく落ち着いている。夜は意外とテンション低めなのかな。


「いつもはこの時間何してんの?」


 現在、夜の九時半を過ぎたくらいだ。

 いつもならば俺は自室にこもっているので彼女達の様子はあまり知らない。


「んー、お姉ちゃんとテレビ観てるか、お喋りしてるか、部屋で宿題してるかって感じですかね」


「この時間に宿題ってやる気出ないな」


「でも昼とかも出ないじゃないですか。あたし追い込まれないとできないタイプなんですよ」


 くすくすと冗談混じりに笑う。俺もそういうタイプだから彼女のそれが冗談かどうかは分からない。


「悠一さんは何してるんですか?」


「んー、テレビつけてダラダラしてるかゲームしてるかじゃないか」


「宿題は終わらせておくタイプですか」


「いや、翌日学校で追い込みをかけるタイプだ。俺レベルになると夜はまだ追い込まれてないんだな」


「なんですかそれ」


 落ち着いた雰囲気の花恋ちゃんはどこか大人びているように見える。ふと歳下であることを忘れてしまうほどに。

 深雪さんや紗月といるときは年相応に妹って感じだけれど、一人でいるときはこんな感じなのかもしれないな。

 意外な一面といえばそのとおりだ。


「ふああ」


 ダラダラと話をしていると結構いい時間になっていた。人混みに揉まれて疲れたのか花恋ちゃんが押し殺すようなあくびを見せる。


「そろそろ寝ようか」


「えっ」


 俺が言うと、花恋ちゃんは唇を尖らせて不満げな顔をする。眠たいだろうから気を遣ったんだけど、何かダメだったか?


「明日も休みだし、たまには早く寝るのもいいでしょ」


「でも明日にはお姉ちゃん達帰ってくるし」


「そうだなー。こんなにゆったりした時間は過ごせないかもな。旅行帰りでテンション高いかもだし」


「そういうことじゃ、ないんだけど」


 ぽしょり、と何かを呟いた花恋ちゃんだったが、よく聞き取れなかった。

 そして渋々といった感じで花恋ちゃんは部屋を出ていった。

 それを確認してから、俺はトイレを済ませて布団に入る。電気を消すと部屋は真っ暗になる。

 目を瞑ると疲れが後押ししてすぐに心地よい眠りにつくことができた。

 しかし。


 ギイイイ。

 部屋のドアが開く音がした。

 意外と眠りは浅かったのか、その微かな物音で俺は目を覚ます。

 真っ暗ではあるけれど、目が慣れればある程度は視認できる。何かがそこにあるくらいは見えるのだ。

 だから。

 誰かがそこにいる、というのももちろん見える。

 見上げると、真横に人影がある。

 確認するまでもないが花恋ちゃんだ。そうでなければ大問題である。


「どうしたの?」


 声をかけるが返事がない。

 どうしたものかと思ったが、とりあえず電気をつけようと立ち上がろうとしたときに、肩を掴まれ静止させられた。


「電気はいいです」


「……そっ、か」


 いよいよどうすればいいんだろ。

 嫌な夢でも見てトイレに行くのか怖いのかな。いやここまで来れてる時点で大丈夫だろ。

 そもそも時間を確認すると夢を見るほど時間経ってない。


「一緒に寝てもいいですか?」


「へ?」


 よく見ると花恋ちゃんは何かを抱きかかえている。それが何かまでは見えてなかったけど、今なら見える。あれ枕だ。


「いや、ダメじゃない?」


「なんでですか?」


 なんでって……。

 そんなこと言われましても。


「いろいろと問題あるでしょ。もしバレたら紗月に殺されちまう」


「バレませんよ。帰ってくるの明日なんだし、それまでに起きれば何も問題ないです」


「いや、そういう問題じゃ」


 言っている間に花恋ちゃんが布団に侵入してくる。そのあまりの手際の良さに抵抗する間もなかった。


「あったかい」


 甘ったるい声で花恋ちゃんはそんなことを言う。

 いや、これはいろいろとマズイよ。たぶんだけど良くない気がする。

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