第9話




 俺は、前、菜々星のお母さんが言ってたことを思い出した。


―――ほら、あそこ見てみて? ……赤い屋根があるでしょ? あそこよ



 ちゃんと話、聞いてて良かった。あの時、お母さんが話してくれなかったら分からなかった情報。聞いていなかったら、もう二度と菜々星と会えなかったかもしれない。


 病院から見た家と同じ赤い屋根の家。深呼吸してインターホンを押す。扉から出てきたのは、菜々星のお母さんだった。


『……仁くん。久しぶりね』

そう言って、菜々星のお母さんは俺を見た瞬間泣いた。


「お母さん……菜々星は……」

『会いたがってると思うわよ、入って』


 誘導されるがまま、初めて菜々星の家に入る。リビングに入ると……。


「菜々星……」


仏壇には菜々星の写真があった。


「菜々星……なな……」


 仁はその場に泣き崩れた。それにつられてお母さんもまた、涙を流した。


「お母さん、何で……なんで、菜々星が、死んだんですか?」

『交通事故だったのよ……』

「交通事故?」









約2か月前。









 菜々星は機械を付けて病室のベットに寝込んでいた。数日前にまた意識が無くなり、昏睡状態だ。すると……。


ん? この音……。菜々星は目を覚ました。


『菜々星!?』


 お母さんが隣にいた。菜々星は2週間ぶりに目を開けたのだ。


それより、この音……。



「バスケ……」


 何処からか、バスケの音が鳴っていた。外からだ。



「仁……仁!」


仁がいる。絶対いる! この音は仁くんの音だから! 仁に会いたい、会いたい。菜々星の目から涙が流れた。


『菜……菜々星……?』


 菜々星はいままで涙を流したことが無かった。そんなきっかけすらも無かったからだ。


「仁!!!」


そして菜々星は病室を飛び出した。


『菜々星!?』


目が見えない菜々星には病院内を走るのは危険すぎる。それに、不可能なはずだった。


「仁……仁っ」


 だが菜々星は、人とぶつかったりはするものの、ほとんど壁にぶつかったり、転んだりしなかった。仁と一緒に歩いたベランダへの道、仁と一緒に歩いた散歩道……それを覚えていたから。


 菜々星は見事病院から外に出た。それを見たお母さんの感情は、焦りより驚きが勝っていた。なんで目が見えない菜々星があまり道に迷わず、病院から外に出られたのだろう、と。


「仁……仁!」


 菜々星はずっと仁の名前を呼んでいた。目が見えない菜々星は道路の方へ真っすぐ進む。


『───!? 菜々星ッ!!!』


 少し遠くにいたお母さんは名前を叫ぶと同時に、菜々星の元へと走り出した。でも菜々星にはそんな声は聞こえない。頭の中は仁への声でいっぱいだった。すると、大きな車のクラクションが鳴る。


『菜々星ッッ!!!!』













『……仁、仁って呼んでてね、探してたのよ、あなたを』


 信じられない、信じたくない事を聞いた仁の目からは数えきれない菜々星を想う証拠が流れ落ちた。


「そんな……そんな……。ごめんなさい。俺のせいだ、俺のせいで、菜々星は死んだんです」

『違うのよ、仁くん』


お母さんも泣いていた。


「俺なんかに会わなければ、菜々星はもっともっと生きられてた」

『仁くん、違うのよ。……菜々星は、余命5ヶ月だったの』

「え―――」

『医者からそう言われたのよ。信じたくないけど、菜々星はどんどん弱っていってね。幸せな死に方だったと思うのよ、菜々星にとっては」

「そんな……そんな死に方ダメです!」

『まぁ、それもそうね』

「あの……菜々星に話しかけても良いですか?」

『もちろん、お願い』


 仁は仏壇の前に座り、鐘を鳴らした。両手を合わせて菜々星に話しかける。






菜々星。


菜々星は本当に、本当にいなくなったの? 


本当に、俺から離れたの?


なんで離れるんだよ。


でも、そんなこと言っても菜々星は帰ってこないんだよね。


なら、まずこれを言わせて、ありがとうって。 


俺は毎日毎日菜々星に会うのが楽しみで、仕方なかった。


それに、菜々星を好きになって、大好きになって、菜々星の彼氏になれた。


それは俺にとって、今までで一番嬉しかったことだよ。


ありがとう、こんなに素晴らしい毎日を俺にくれて。


今、俺の……俺の隣には……菜々星は居なけけど、ずっと俺は、菜々星を想ってるよ。ずっと、永遠に、死んでからも。


菜々星も、ずっと俺を好きでいてよ。


好きじゃなくなったら許さないから。


ずっと、見守っていてね、菜々星。








 仁が目を開けると気付かないうちに涙が通った跡があった。


「ん?」


ふと仏壇を見ると赤い箱のような物があった。


「お母さん、これなんですか?」

『あ、それはね、ボイスレコーダーよ。菜々星が大事に持っていたから、そこに置いているのよ』

「これ聞いてみても良いですか?」

『良いわよ、私は怖くて再生ボタンを押してないけどね』


仁は仏壇にあがっているボイスレコーダーを取り、再生ボタンを押す。






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