第7話







『遠く? 何で?』

菜々星の顔色が焦りに変わる。


「俺、転校する事になったんだ。……だから、菜々星に会いに来れなくなる」

『え、それで、いつ帰ってくるの?』

「分からない。……でも必ず戻ってくるから、ね? 絶対。……指切りしよう」


二人は小指を絡ませた。


『うん。絶対、約束だよ?』

「うん、約束」

菜々星の指は小さくて、白くて、震えていた。




 急に決まって、急に親から伝えられた“転校”。俺でもまだ、心の中の整理がついていなかった。


 刻一刻と迫ってくる転校する日。俺はとりつかれたようにずっと、菜々星のそばから離れなかった。暇さえあれば菜々星のところに行き、またいつも通りの会話をした。俺の転校の話を知ってから菜々星は少し、元気がなくなったように感じる。



『お前さ……、また来るよな? 来るよな?』と言いながら輝斗が泣いている。


「男なんだからさ、こんなことで泣くなって」


そう言いながら、俺は涙を堪えるのに必死だった。柊真なんか、泣き崩れて話せる状態じゃない。


「お前ら、いつから涙脆くなったんだよ?」

『……メール、頻繁にしてよ? 既読スルーしたら怒るから』

柊真が泣きながら初めて言ってくれた言葉だった。


「大丈夫、三人ずっと一緒だから。いつかまた会おうぜ、な?」


泣いている二人はコクコク、と頷いた。







 菜々星は今日も外を見ていた。目に光が灯っていない、それが菜々星。可愛い俺の彼女。……でも、もう当分見ることは出来ないだろう。


「菜々星!!」と俺は明るく振舞った。

『仁!』

相手も明るかった。俺は笑いながら、菜々星の近くの椅子に座った。


「俺、七時の飛行機に乗るんだ」

『そう、今何時?』

「六時」

『えっ、あと一時間しかないじゃん。こんなところにいて良いの?』

「こんな所って何? 俺にとっては菜々星と出会った大切な所だよ」

『そうだね』

「菜々星さ、目、見えるようにならないの?」


ただ、聞いてみたかった。


『う~ん、なるような手術があるらしいんだけど、でも詳しくは分からないの。失敗する確率が高いだか何だか』

「そうか。それ、できないの?」

「えっ? 手術? ……うん、勇気が無くて』

「なるほどね」


俺が暫く黙っていると、『私、受けてみようかな、移植が回ってきたら』と菜々星が言った。


「えっ? 何を?」

『手術。……もし、もし見えるようになったら、仁の顔見えるしね』

「俺、そんなにイケメンじゃないから、期待しないほうがいいよ」

『んふふ、大丈夫!』と、可愛く笑った。


「じゃあ、良い事思いついた。俺がここに戻ってくるまでに菜々星は目が見えるようになってる、どう?」

『それまでに……私、頑張らないとね!』

「俺は、何を頑張ろう? 菜々星だけ頑張って、男である俺が何も頑張らないって不平等じゃん」

『じゃあ、バスケ! バスケ頑張って』

「バスケか。分かった。……じゃあ、全国優勝とか?」

『いいね! お互い頑張ることがあるって素敵!』

「うん」


 菜々星のベッドの横にある机にあった時計を見ると、もう少しで針が六時半を指すところだった。


「あっ、そろそろ時間か。菜々星、俺もう行かないと」

『本当に戻ってくる?』

「もちろん、俺は菜々星が大好きだから」

『んふふ』


 仁は菜々星を見つめた。この笑顔を目に焼き付けて焼き付けて……離さないように。


「菜々星……」

『ん?』


俺は菜々星に近づき、優しく、自分の唇を菜々星の唇に重ねた。そしてゆっくり離し、「じゃあね、菜々星」と言った。仁は後ろを振り返らずに、空港へ向かった。













「仁……」


いくら呼んでも返事がない。


「何、今の……」


 菜々星はゆっくり手で自分の唇に触った。柔らかかった、温かかった、甘かった。初めて仁を感じた気がする。最後の最後にあんなことしたから、さよならの挨拶も、じゃあね、も言い返せなかった。


「でも……」


―――もちろん、俺は菜々星が大好きだから


「戻ってくるしね……大丈夫!」


すると、菜々星の顔色が曇った。


「ゴホッ……ゴホッ!」


 口を手で抑えた。ゆっくりと手の平をみると、手が赤に染まっていた。はぁ、なんか体が……やけに……変……。菜々星はベットに横なろうとして身体を少し傾けた。その瞬間、菜々星の体勢がクラっとなり、ベットではなく床に菜々星は倒れてしまった。


「はぁ、はぁ、はぁ……。誰か……はぁ、はぁ、誰か……助けて……」


すると菜々星は意識を失った。


『菜々星?』


お母さんが入って来た。


『菜々星ッ!? 誰か!! 誰か来てくださいっ!! 菜々星!!』


その声に看護士さんたちが集まってきて、ある一人は医師を呼びに行った。



 


 機械音の音で目が覚めた。聞き慣れている音。やけに静かな病室。薄っすら分かる白い光。あーあ……また、ふりだしに戻っちゃった。


「菜々星、菜々星! 菜々星!」  


 お母さんだ。またそんな表情している。私が倒れた時の顔。口に何か取り付けられているので上手くしゃべれない。


「お母さん……」

『菜々星! お母さんだよ』

「あ……焦り過ぎだよ……」

『あせ……焦り過ぎ? ……そりゃあ焦るわよ!』

「なん……で……?」

『それはね……お母さんも分からない』

「なにそれ」













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