第6話 俺、遠くに行くよ








5月25日。



「じゃあな柊真、輝斗」

『なんかこの頃、お前帰るの速くない?』と、柊真が言った。

『好きな人でもできたか?』と、勘が鋭い輝斗が言った。

「うん。できたよ、好きな人」

『え、マジかよ』

綺麗に二人同時、ハモって言った。


『誰、誰?』と輝斗が走って来た。

「知るかよ!」 


そう言って誤魔化してすぐさま下校した。俺が今日、菜々星に早く会いたいのは、教えなくちゃいけないことがあるからだ。



「菜々星!!」


そう言いながら病室に入った。


『仁? どうしたの叫ぶなんて』

「今日、菜々星に言いたいことがあるんだ」

『何?』

「あ……俺……菜々星が好きだ」


『ホントに?』

菜々星は満面の笑みを浮かべた。


「うん、俺は菜々星が大好きだ」

『大まで行っちゃったの?』と言って菜々星は見えない目を細めて笑った。

「何で笑うの?」

『ん? ……嬉しいから? だって、私も、好きだし』

「ほんとに?」

『本当だよ、大好きだよ』

「うわー! マジか、嬉しい!」


菜々星も俺も一緒に笑った。


「菜々星、僕と付き合ってくれない?」

『んふふっ、もちろん!』

微笑む菜々星がすごく可愛くて、たまらなかった。


 二人で笑い合っていると「なんか楽しい事でもあった?」と菜々星のお母さんが病室に入って来た。菜々星のお母さんの手には花束がある。花瓶に飾る用に買ってきたのだろう。


「幸せな事がありました」と俺が言う。

『それは何かしら~?』と菜々星のお母さんが花束を眺めて言った。

「俺、菜々星の彼氏になりました」

『えっ!?』


すると、菜々星のお母さんは驚き過ぎて、持っていた花束を落とした。


『本当にっ!? 本当?』と言って俺の近くまで来た。

「はい」

『嬉しいわ! 菜々星に彼氏ができたのね! 仁くん、ありがとう!』

「はい」


その時落としたのはデイジーの花束だった。










5月26日。


 俺は菜々星にあることを言いたくて病院に行った。病室に着くまでの道のりが速く感じて、どうしても入りたくなかった。重い病室の扉を開けると、変わらない菜々星がそこにいた。


『ん? 仁? ……かな?』

「そうだよ、正解」

『やっぱり。……なんかあった? 足音がいつもと違うような感じ……』

「うん、ちょっとね」

『そう……。どうしたの?』


その菜々星の優しい声に、目が熱くなった。


「俺ね、俺……遠くに行っちゃうんだ」










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る