第5話






5月20日。


 俺は、今日もいつも通り菜々星の病室に行った。今日は菜々星のお母さんも一緒だった。


「俺、ちょっと水飲んできます」


俺は病院内の自動販売機から水を買い、その近くにあった椅子に腰かけた。


「ふぅー」

『仁くん、ありがとうね』


その声に驚いて、慌ててペットボトルのキャップを閉める。


「あ、お母さん」


菜々星のお母さんが近づいてきて、仁の向かいの席に座る。


『本当に感謝してる、毎日来てくれてありがとう。仁くんみたいにいい子、他にはいないわ。こんなにいい子いるんだって毎日驚いてるのよ』

「俺も毎日菜々星に会って楽しいです」

『本当? ……今まで菜々星に友達なんていなかったから、本人も初めての友達が出来たって喜んでいるのよ』

「そうですか。それは良かったです」


すると、菜々星のお母さんは黙り込んだ。


「どうか……しました?」


仁がそう聞くと、菜々星のお母さんは目に涙を溜めていた。


「ど、どうしたんですか?」


菜々星のお母さんは口を開いた。


『本当はね、退院できないかもしれないの』

「え……?」

『あの子には伝えてないけどね、深刻なのよ、病状が』

「病状、ですか?」

『あの子、本当は重い病気を持ってるのよ、教えられないけどね』


そうだったんだ……全然分からなかった。だって菜々星、元気だったから。


『家に居た時に、あの子が倒れて、病院に運んだんだけど、一週間も目を開けなくて、やっと目を開けた時に仁くんに出会ったのよ。仁くんのお陰で毎日楽しいって。本当にありがとうね』

「いえ。……でも、お母さんも凄いですよ」

『え?』

「毎日、ずっとそばにいて。……凄いです。俺の母さんなんか、数日来ただけで目の下にくまできてましたもん」

『そうなの? でも私もそうだったわよ? もう今は大丈夫になったの』

「良かった」

『……仁くんの家はここから近いの?』

「いえ、近くはないです。少し離れてます」

『そうなの? なのにわざわざゴメンね』

「大丈夫です! 毎日楽しいんで。あ、菜々星の家は近いんですか?」


するとお母さんは立ち上がった。


『ほら、あそこ見てみて? 赤い屋根があるでしょ? あそこよ』


窓のそばに立ち、指を指した。確かに赤い屋根がある。


「近いんですね」

『そう。もし、本当にもし菜々星が退院したら病院じゃなくて、あの家に来てね?』

「あ、はい」










5月22日。



『ねぇ、仁くん。バスケの音を聞かせて?』

「いいよ」


仁はドリブルをしながら話し始めた。


「菜々星さ、くんって辞めたら?」

『え? ……じゃあ……仁。こう?』

「うん! やっぱ、呼び捨てがいいな」

『仁……。仁! 仁っ!』

「いや、そんなに呼ばなくてもいいよ」


ドリブルをしながら、菜々星にちょっと訊いてみた。


「菜々星さ、やってみたいものとか、欲しい物とかあったりする?」

『なに急に』と言って菜々星は笑った。『ん~、欲しい物はね、目!』


 そうなることを予想していなかった俺はバカだ。菜々星は目が見えないんだから、目がほしいって言うに決まってるのに。


「そ、そうだよね。目、ほしいよね、僕の目をあげたい気分だよ、本当に」

『あとね、彼氏ほしい』

「彼氏、いないの?」

『いるように見える? 目見えないのに? 仁が初めての友達なんだよ?』


俺が初めての友達……。初めての、友達……。


「なるほどね。俺も欲しいよ、彼女。そういう年ごろなのかな、俺達」

『病院内でもね、カップルなんてたくさんいるんだよ。イチャイチャしてるのが聞こえて来る。耳が良い私にはお見通しなのにね?』

「耳が良すぎて怖いよ、まさか、俺の心の声まで聞こえてたりしないよね?」

『そんなの聞こえる訳無いでしょ?』と言って、菜々星は笑った。


 良かった。聞こえてちゃ困るよ、だって俺、今、ヤバいほど心拍数が高くなってるから。


 俺は……俺は、菜々星が好きなんだ。今、この場で、俺が菜々星の彼氏になる? なんて、言えない。菜々星は、俺を友達としか思ってないだろうし、黙っておこう。


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