第3話




 5月12日。


 やっとできた病院での友達。そんな人と過ごしたのはたった数日。俺は今日も604の病室に向かった。今日も菜々星は外を見ている。菜々星に気付かれないように、足音を立てずに近づいた。


『仁くん?』


 そう言って菜々星は一点に定まっていない視線を僕の方に向けた。


「なんだよ、驚かそうかと思ったのにな」


 俺はため息を吐きながら椅子に座った。


「てか、何で俺だって分かった? なんも喋らなかったのに」

『昨日来てくれた時の足音と一緒だったから……』

「え、一緒の足音!? 分かるの?」

『うん。……小さな音でも聞こえるの』

「スゲェ。それ一つの能力だよ、能力! 俺もそんな耳がほしいよ」と言いながら、あの事を言わなくちゃ、と思っていた。


「あのさ……」

『ん? なに?』

「俺……明日退院するんだ」


 そう、さっき、俺の病室に先生が来て言った。『君は回復が早くてね、退院する日が早まったよ』と。


『そうなんだ……良かったね、おめでとう』


 菜々星は俺の少しズレた右側を見てそう言った。


「俺、病院からいなくなるけど……寂しい?」

『ん~、少しね』

「何だ、少しだけか! ……で、菜々星はいつ退院できるの?」

『私は……当分退院できないと思う』

「何で?」

『私、もともと体が弱くて、だから今まで入院、退院を繰り返してきたの。今回もまた入院しちゃったし、いつ退院できるか自分でも分からないな』

「そうなんだ……」


『あれ? 仁くん来てたのね』と菜々星のお母さんが入って来た。


「こんにちは。俺は毎日来ますよ」

『そう? それはありがとう』

「でも俺、明日退院するんです」

『あぁ……そうなのね。おめでとう』

「菜々星も早く退院できると良いですね」

『そうだよねー、菜々星も早く退院したいよね?』とお母さんが言った。そして菜々星がうん、と言った。





 5月13日。俺の退院日。


 最期の挨拶に菜々星の病室に行く。


「今日も外を見てて、飽きないのかー?」

『あ、仁くん』


 俺はいつもの椅子に座らず菜々星の隣に立っていた。


「俺、もうすぐ行くんだ」


 すると菜々星は視線を落とし、一瞬悲しい表情を見せた。


「大丈夫、また来るよ」

『本当!?』

「うん。毎日来るよ、菜々星のお母さんに毎日来るって言っちゃったしね」

『そんなこと言ってたっけ?』

「うん。だから来るから、ちゃんと待ってろな」

「うん」


 菜々星はクシャっという笑顔を見せた。





 5月14日。


 俺は数日ぶりに学校に行った。クラスに入ったら、大丈夫だったか大丈夫だったか、とみんな俺の周りに集まってきた。


「もうほら、こんなに元気になった」


 俺はみんなにふざけて動いてみせた。そんな俺を見てみんなは、いつもの仁だと安心していた。


『お前さー、俺達見舞いに行こうと思って病室行ったのに、仁の姿がなくてさ。超焦ったんだからな!』と輝斗が俺と肩を組みながら言った。


「ごめんごめん、色々用があって」


 それは、菜々星っていう人に会う用。


『そうそう、私が行った時も居なかった』と小恋美が近づいてきて言った。


『なんだ、小恋美も仁のとこに行ってたのかよ』と柊真が言う。


『なに、悪い?』

 小恋美が柊真を睨んで言う。


『いや、別にいいけど……』と言い捨てて、柊真が黙る。

『二人とも、喧嘩はやめぃ。で、色々ってなんの用よ?』と輝斗が俺に問いかけて来た。


「病院内で、仲良くなった子がいてさ。……その子のところに行ってんだよ」

『なにそれ。その子って女子?』と小恋美が訊いてきた。

「うん。めっちゃ可愛いんだよ」

『なんだよ、顔目当てかよ』と輝斗が言う。


 すると、小恋美は呆れてその場から離れていった。俺達三人は、しっかり小恋美がいなくなったことを確認した後、もう一度話しはじめた。


『あいつ絶対お前の事好きだって』と柊真が小声で顔を近付けながら言った。


『顔目当てとか言って流しておいたけどさ、別に女子だろうが男子だろうがどうでもよくね? 他人を観察しすぎだろ、あいつ』と輝斗が言う。


「まぁなぁ~」 


 俺は別に小恋美のこと好きでも何でもないからどうだっていいけど。重い足取りで自分の席に向かい、席に座った。輝斗と柊真が後をついてくる。


『でも……その子に会ってみたいな。どういう子?』と輝斗が言う。

「う~ん。でもさっきも言った通り、かわいい子だよ。でも……」

『でも、なんだよ?』と柊真が興味深そうに俺の目を覗き込む。

「その子は……人が苦手なんだ」


 そう言った方が、二人は病院に行かないだろうし。菜々星と会った時の二人の表情を想像するだけで嫌だ。目が見えない子だって言ったら、二人は絶対に白い目で見るはずだ。そしたら菜々星も傷つくだろうし、俺も傷つく。だから、二人とは菜々星を会わせない。


 菜々星の友達なのは俺だけでいいんだ。



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