第2話




 5月11日。


 グループ内メールで、輝斗から「病院の空気はどうだ?」と聞かれたので俺は、「悪い」と返信した。すると「じゃあ、外に出てみたら?」って柊真からメールがきた。それは良いアイデアだ。そう思って俺は、看護士さんの許可をもらってから、病院内にある、外のベランダに出た。


 深呼吸をする。


 一日ぶりの外が懐かしい。人もいて、意外にも病院って息が詰まるって感じの所じゃない。俺は、近くにあったベンチに向かおうとした。


「あ……」


 歩く娘を支えながら一緒にゆっくりと歩く母親。二人は俺の前を通り過ぎた。その時に、母親の方から何かが落ちたのだ。


「あの……なんか落ちましたよ」

 そう言って俺は落ちたものを拾い、その母親に渡した。


『あ、ありがとうございます』

「いえ」


 何か見たことあるような女の子だな。あ、あの子だ、目に光が灯っていなかった子。

俺はゆっくりと歩く二人の背中を眺めていた。すると、携帯が鳴った。


「なんだよ、輝斗か」

 輝斗からメールが来たようだ。


「この時間帯って授業中だったはずじゃ……コイツ、先生に隠れながらメールしてるな?」


 クスっと笑い、俺は携帯の電源を切った。俺のせいで輝斗が先生に怒られたら困るし。


昼ごはんを食べ終わり、暇だからまた、病院中を散歩している。ただの過労だっただけなのに、病院外には出られないって。外に出てランニングでもしたかったんだけどな。昨日と同じ通路を散歩しているが、昨日は夕方で今はまだ昼だから、昨日とはまた違う色に見える。なんか面白い。


『あれ? あなた昨日も歩いてなかった?』と、知らない叔母さんが話しかけて来た。


「はい、そうです。ちょっと暇なんで。……目立ってました?」

『そういう事じゃないのよ~、でも、歩くことは体にいいから続けなさいね』


 そう言ってその叔母さんは自分の病室に戻った。この叔母さんの病室はここなんだ、604号室。


 そういえばここには……。


 仁は、病室の中をそっと覗く。やっぱりいた、目に光が灯っていない子。その子は今日も外を見てる。俺は、604の病室に入った。そして、目が灯っていない子の近くまで行った。


「こんにちは。君さっきベランダで会ったよね?」

 話しかけても、その子はずっと外を見たままだった。無視か?


「もしかして……話したくない? だったらゴメン、急に話しかけちゃって」


 そうして俺は、その病室から出て自分の病室に向かった。病院生活暇だから、友達でも作ろうかなって思ったけど、あの子を選ぶなんて間違ってたな。話しかけてるのに無視するなんて、ある意味スゲェな、あの子。あ~あ、体力があまりに余っている。夕方ぐらいにもう一回散歩するか、どうせ暇だし。


 午後の散歩中。やっぱり、あの子が気になって604の病室に行った。あの子はまた、外を見ていた。俺はその子に近寄り、「何でいつも外を見てるの?」と、聞いてみた。俺は諦めることが嫌いだ。だからまた無視されるのを承知で聞いてみた。でも、やっぱりその子は何も言わない。また無視か……。そう思った。


『明るいから』

「え?」


 やっと、やっと喋ってくれた!


「なんだ、喋れるんじゃん!」


 嬉しくなった俺は、その子のベットの脇にあった椅子に座った。


「前しゃべりかけた時、無視されたからまた無視されるかと思ったぁ」と俺が言う。


『無視……ごめんなさい』

「あ! 別に謝らなくていいよ。いや、俺もここに入院してるんだけど暇でさ。友達出来ないかな~って思ってたんだ。ねぇ、君、友達になんない? 俺と」

『友達……うん』と、その子は頷いてくれた。


「やった! 病院生活最初の友達! で、君、名前は?」

『桜 です』


 そう言ってその子は視線を落とした。


「菜々星よろしく。俺は、南木 じん


 菜々星は何も言わず、コクンとお辞儀した。


「菜々星は何歳? 俺は、17」

『私も、17』

「え、マジ!? 同級生!? スゴっ。なんか奇跡みたいじゃん」

『うん』


 すると、『どちら様?』と、後ろの方から声がした。


『お、お友達だよ、お母さん』


 お母さん!?


「こんにちは、俺は、今日から菜々星……菜々星さんのお友達になりました、南木仁です」

『お友達? ……あ、なんか見たことが……あ、ハンカチを拾ってくれた子ね』

「あ、はい、そうです」

『ありがとうね、菜々星の友達になってくれて』

「はい」


 すると、ちょっと買い物行ってくるね、と言ってお母さんは病室を出ていった。


『私ね、友達いなかったの。だから、あなたが初めての友達』


 菜々星は下を向いたままだ。照れているのかな。


「本当!? そりゃ、光栄だな。俺なんかが良いのかな、最初取っちゃって」

『大丈夫だと思う……多分』

「もしかして……照れてる?」

『えっ? そうではないよ』


 え、恥ずかし。「照れてる?」なんて初めて聞いたし、何かフラれた感じ。


「じゃあ、顔上げて見なよ。首が痛くなるよ、そんなに下見てたら」


 すると、菜々星はゆっくりと顔を上げた。え……?


「菜々星?」


 菜々星は顔を上げたものの、視点が一点に定まっていない。


「僕はここだよ、菜々星?」


 そう言っても、菜々星は僕と目が合わない。


「菜々星?」

『驚いたでしょ? 私ね……』

 そして菜々星はまた外を見て、『目が見えないの』と言った。


 目が……見えない?


「どういう事?」

『生まれつき、視力が無くて。いわゆる視覚障害者ね』

「生まれつき……」

『先天盲っていうの』

「ごめん、無理やり……」

『大丈夫! もう慣れてるから。友達いないのも目のせいで、あまり学校に行けなかったんだ』


 俺は何も菜々星に言ってやれなかった。


『だから、ありがとう。友達になってくれて。……本当にうれしい』


 すると、タッタッタッ、と走る足音が近づいてきた。


『はぁー、はぁー、買って来たよ』と、菜々星のお母さんが走って来た。

「どうしたんですか!?」

『菜々星に友達が出来たのが嬉しくて、コンビニに売ってたデザート全種類買ってきちゃった』


 お母さんの手には重そうな袋が釣り下がっている。


「す……ごい……」


 僕たちは菜々星の病室でたくさんデザートを食べた。今までこんなにデザート食べたことが無かったし、何でか分かんないけど食べたプリンが美味しかった。

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