ショートショート(2-5頁;2000-4000字程度)

免停冒険者習作

習作200123 免停冒険者、違反を起こす


▲yWriterとMS Wordとを組み合わせて書いた初の習作です▲


――――


 収穫が終わり冬へ向かう季節だったが、枯れかけた藪は、夏に蓄えた生命力の残滓ざんしでノードステンの村へ向かう道を囲んでいた。

 南国スーダリアの都、ホープシュタットから村へ向かうこの道を通る者は珍しく、馬に乗った冒険者風の若い女、リゼンと、その後ろで馬を進める優男は、この道にとって久しぶりの客人だった。二人は、南国王の紋章が描かれた袋と共に、ノードステンを目指していた。袋には、塩、薬、そして油などが収められている。これらは、ノードステンが納めた年貢に対する南国王からの褒美である。

 酒の失敗で冒険者免許を停止された彼女は、免停に伴う刑罰の一環として、南国王からの褒美をノードステンに届ける奉仕を行っているところだった。


 二人は、村の手前にある峠に差し掛かった。風向きが追い風から横風に変わる。

 そのとき、リゼンが操る馬は、新しい風のにおいを嗅ぎ、大きな瞳を藪に向けた。

 彼女は、馬が見た方角を目で追った。

 幼い頃から冒険者として生きてきた生粋の冒険者である彼女の目は、藪から覗くこげ茶色の毛皮を見逃さなかった。

 藪の中に、冬ごもりを控えた猛獣、茶色熊が潜んでいた。


 彼女は、サーベルへ向かおうとする手を抑えこみ、彼女の波打つ赤毛をまとめ直すよう手に指示を出した。

 いまの彼女は、免停中で監視を受けている身である。後ろを歩く監視者、公証人ノイエの注意を引くような行動を避けるべきだった。


「そう長く伸ばしていると邪魔になりませんか?」


 彼女が青い布で赤毛をまとめ直したことを見とがめたノイエが、話しかけてくる。どうやら彼は、茶色熊に気づいていないようだ。

 リゼンは、緊張を抑え、極力落ち着いた声を出すよう努めながら、返事を返した。


「髪を切るのにも金がかかる。クロイツェル銀貨15枚、代わりに払ってくれるか?」

「利益の供与を求めたことを報告書に書きますよ。冗談です、私が切ってやってもいいですよ。これでも、髪を扱うことについては、女の子たちからの評判がいいんです」


 リゼンは、都ではプレイボーイでならしたというこの優男に髪の毛やその下のうなじを触られることを想像して、肩をすくめた。ノイエは、明るく社交的で面構えもよい男だったが、彼女は、短剣ひとつ満足に扱えないような男に身体を預けるつもりになれなかった。


「そうか、遠慮しておく。髪の毛と一緒に別のものも失いそうだ」

「信用ないなあ」


 どうやら、リゼンは、ノイエに緊張を気取られずに済んだようだ。

 安心した彼女は、茶色熊をどうするか考えた。


 茶色熊は、南国王によって特定危険生物、いわゆる魔物に指定されている。

 南国では、魔物を退治するために特定危険生物駆除免許が必要になる。この免許は、冒険者の三免許のひとつだ。無免許での魔物退治は、行政処分の対象となる。

 免停中の彼女は、特定危険生物である茶色熊を駆除する資格を持たない。そして、免停中に行政処分を受けると、免停期間が延長され、場合によっては免許取り消しとなる。


 おとなしそうな茶色熊に見えたが、彼らは、人の味を覚えると恐ろしい人喰い熊ひとくいぐまになる。

 魔物や北方のオークたちを退治して生計を立てる両親を幼い頃から見てきた彼女は、茶色熊を見逃すと言う選択を知らなかった。


 彼女は、自らの心と筋肉とに問いかけ、やるべきことをやろうと決意した。


 リゼンは、振り返ってノイエに合図しながら馬を降りた。

 後ろのノイエが怪訝けげんそうな表情を浮かべる。


「どうかしたんですか?」

「花を摘みに行ってくる。ついてくるか?」


 リゼンは、繁みで用を足すだけだ、という雰囲気を強調した。免停中の彼女が熊退治を行えば、免停の期間が伸びる。彼女は、ノイエに気づかれないように熊を退治する必要があった。彼についてこられては台無しだ。


「ご冗談を」


 予想通りの返事に、リゼンは、ほっとした。

 ノイエが女の排泄はいせつを見ることが趣味の性的倒錯者だったらどうしようかと心配していたリゼンは、ほっとした。あとは、手早く熊を片付けるだけだ。彼女は、胡散臭げに彼女を見つめるノイエに手を振ると、繁みの中に足を踏み入れた。


 茂みに入ったリゼンは、山道から素早く遠ざかった。

 この討伐は、時間がカギとなる。ノイエは、彼女を疑っている様子だった。用を足すだけで二十分もかければ、彼に怪しまれるだろう。

 リゼンは、わざとらしく大きな音を立てながら山道と熊の両方から離れた。そして、息をひそめて熊を見た場所へ静かに移動した。


 茶色熊は、最初に見た場所から少し移動していた。熊は、山道に近づくようにゆっくりと後ずさりしていた。

 人を襲う獰猛どうもうな熊には見えなかったが、リゼンは、自分の経験と直感とを信じた。


 リゼンは、サーベルを抜き、風下の死角から茶色熊に忍び寄った。

 彼女は、じりじりと距離を詰める。

 魔物は、一般に、臭いと音とに敏感だ。だから彼女は、風下から近づくことを選んだ。風下からであれば、臭いによって気づかれるリスクを避けられる。しかし、臭いによって感づかれなくても、音で感づかれる場合がある。したがって彼女は、息をひそめて茶色熊に忍び寄った。

 湿った風に乗って、熊の臭みがリゼンの鼻孔の中へと流れてくる。いつの間にか空が暗くなり、一雨来そうな空模様になっていた。


 あと四歩。


 あと三歩。


 リゼンは、一足刀いっそくとうで仕留められる一歩の距離まで、慎重に歩みを進めた。


 あと二歩。


 リゼンの額に汗が浮かぶ。

 タイミングが重要だった。茶色熊は、鋭い爪を持つ恐ろしい魔物である。一撃で仕留められなければ、リゼンが返り討ちにあう可能性もあり得る。

 リゼンは、息を詰めて、最後の一歩を踏み出そうとした。


「リゼンさん、何をやっているんですか!」


 ノイエの声が山道の方から響き渡った。

 声に驚いた茶色熊は、素早く辺りを見回してリゼンのサーベルに気づくと、身をひるがえして逃げ出した。


 結果、リゼンは、しくじった。

 茶色熊を警戒させてしまっただけでなく、ノイエも警戒させてしまった。


「免停中のリゼンさん、何をやっていたのですか」


 「免停中の」というところにアクセントを置いた厭味いやみったらしい声色のノイエに、リゼンは、問い詰められた。


「用を足そうとしたら、熊がいてね。万が一襲われたときに備えたんだ」

「まあ、そういうことにしてもいいですが、奉仕期間中であることを忘れないでください。職務上、何かあったら報告しなければなりません。リゼンさんも免停期間がこれ以上延びると困るかと存じます。

 我々としても、二人しかいない金位の冒険者の片方が不在である期間が延びると困ります。免許取り消しになるともっと困ります。

 最高位の冒険者であったという自覚を持って、奉仕に励んでいただきたいものです」


「はい……」


 リゼンは、しおらしくして見せた。

 彼女の所業を法務局へ報告する公証人に逆らうのは、得策ではない。たとえ、彼女のキャリアをわざとらしく過去形にされたとしてもだ。

 心の中で舌を出しつつ、彼女は、我慢して深々と頭を下げた。


 しかし彼女の我慢は、ノイエによってさらに試された。


「それに、あの熊は、人を襲いませんよ」

「どうしてそんなことがわかる?」


 リゼンは、気色ばんだ。冒険者としての自分の経験と判断を愚弄されたと感じたのだ。

 短剣ひとつまともに扱えない都会育ちの優男に、熊の危険の何が分かるのかと怒った。


 その怒りが顔に出てしまっていたのだろうか、ノイエは、勝ち誇った顔で彼女に告げた。


「あの熊は、首輪をつけていました。飼い熊ですよ」


 落雷の音が聞こえた。

 土砂降りの雨が降り始めた。

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