第5話

  巡がジュースを買おうと思った時に、ちょうど売り子のお姉さんが前のドアからカートをひいてこの車両に入ってきた。

「スミマセン、オレンジジュースください」

「百八十円です、ありがとうございます」

 消費税を入れると二百円近いなと巡は二百円を出した。おつりを出そうとしているお姉さんに、

「二円はもういいので、どこかへ寄付してください」

「でも、後で計算が合わなくなるので」

「二円をもらっても、そこかへいってしまうので。普段はスマホで決済していますし」

 そうだ、じゃあ、なぜ今スマホを出さなかったのだろうか、巡はスマホのことを全く忘れていた。居眠りをしている間に落としてしまったのだろうか。

 いや、違う。スマホという概念がジュースを買うまで脱落していた。しゃーなしでもらった二円などポケットに入れたが、それも軽く忘れてしまうのだ。

 ジュースをもらって左手に持ったまま、鞄の中を探した。片手で探せるはずなどない。車窓の上に置くと、本格的にスマホを探したけれどどこにも見当たらない。

 こんな大事な時にスマホがないと、しゃれにならない。

 恭一に電話しようにも、連絡をするツールがないのだ、とんでもないことになってしまったことに気がついた。

 

 巡はスマホという概念を落としてしまったのだ、はじめは自分の名前が分からない夢から始まった。全くもって悪夢の中を彷徨っているような感じがしてならない。

 もしかしてこれもまだ、夢の続編でと思った巡は自分の太ももをつねってみた。思ったよりこれは痛かった。以外だ、夢だと思っていたのに。

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