伝えたい

伝えたい -1

 私は『はじまりの魔女』から続く魔女の子らしい。

 私にしょっちゅうそう説いていたのはライエ叔母様だ。叔母様は『大きな力はいつ暴れるとも、自分自身に牙を剝くかもわからないんだから、ちゃんと勉強しなさい』って、いつも言ってた。

『でも、お母さんも魔法のお勉強は好きじゃないんでしょう』って言い返せば、叔母様は渋い顔をして額を押さえた。『お母さんが大丈夫なら、私だって大丈夫』って言って逃げ出せば、叔母様はそれ以上追いかけてこなかった。叔母様、厳しくて怖いんだもの。

 トーラスおじさまも魔法使いだけれど、うるさいことを言う人じゃなかった。『ライエに加えて僕までうるさく言うのじゃ、可哀想でしょう』って言ってたけど、おじさまはそういうところ、わかってるから好き。


 アデイルおばさまのことは、もっと好き。

 一番好きなのはお母さんだけど体の弱い人だったから、アデイルおばさまと半分ずつくらいで面倒を見てもらったの。

 赤ちゃんの頃から、私はライエ叔母様に抱かれると火が付いたように泣いたけれど、アデイルおばさまの抱っこだと、安心して眠ったんですって。アデイルおばさまは、母乳の出が悪いお母さんに変わって私にお乳を飲ませてくれたそうだから、生まれた時からもう一人のお母さんだったの。

 アデイルおばさまにも子どもがいて、私たちはおんなじご飯で育った。

 私と同い年のオリバー。

 私たちはいつも一緒に遊んでた。

 かくれんぼに、お花摘み、かけっこ。一緒に書庫にある本を読んだり。

 アデイルおばさまもそうだったけれど、オリバーも魔法使いじゃない。魔法なんてなくったって、楽しく遊べるんだもの。やっぱり魔法のお勉強なんか、いらないでしょう。

 私の世界に一緒にいた人たち。


 私にはお父さんがいなかった。

 オリバーのお父さんは漁師さんで、たびたび海に出ては家を空ける時が多かった。だから私のお父さんも漁師さんで、きっとずっと海に出てるんだなって思ってたけど、そうじゃなかったみたい。

 お母様は『お父様は、ヴェルレステ本島にいらっしゃるのよ』って教えてくれた。どうしてヴェルレステ本島に行っているの、お仕事なのって聞いても、それは答えてくれなくて。

 どんな人なのって聞けば、『優しくて、とても美しい人だった』って。お母さんも綺麗な人だから、お父さんもそういうお顔なのかなって想像したけれど、うまくいかなかったな。

 会ってみたい、って言った時には『お母さんとみんながいればいいでしょう?』って言われてしまったけど。確かに私はお母さんたちがいれば、それで良かった。

 オリバーとアデイルおばさまが、帰って来たマシューおじさまと一緒にいるのを見ると、ちょっと切ない。でもオリバーもアデイルおばさまも、マシューおじさまも仲間に入れて遊んでくれたし、やっぱりみんな優しかったから、それで充分だったの。


 お母さんの具合が悪くて一緒に眠れない時、アデイルおばさまは本を読んでくれた。

 書庫にある大好きなお伽噺で、綺麗な挿絵も入ってる。

 中でも私は、綺麗なお洋服を着た、美しい男の人が描いてある絵が好きだった。

 王様か、王子様ねってアデイルおばさまが教えてくれて、私はヴェルレステのお城を思い浮かべる。見たことがないけれど、きっと挿絵に描いてあるように森の中にあって、本に書いてあるように黄金でできているんでしょうね。

 お父さんもヴェルレステにいるって言うけど、お城を見たことあるかしら。

 ライエ叔母様がヴェルレステに数日出かけたのと入れ違う様に、本島から一隻の船が訪ねてきた。船がついた時、アデイルおばさまは今まで見たことがないくらいに驚いた顔をして、お母さんと私のところに駆け込んで来た。アデイルおばさまに話しを聞いたお母さんも、おばさま以上に驚いた顔をして玄関を飛び出そうとしたら――そこに、船から降りてきたその人がいた。


 お伽噺に出てくる、綺麗な男の人みたい。

 その綺麗な人が、私を突然抱きしめた。

 突然のことに私はただ混乱して、その人は私を抱く手の力をただ強くした。

 その人が、私のお父さんだった。

 

 それからお父さんは、本当に時々だけど、私やお母さんに会いに来てくれるようになった。お父さんと一緒に何人か難しい顔をした人たちも来るけれど、誰だったんだろう。

 お父さんが来ると、アデイルおばさまとか周りの大人の人たちはすごく複雑な顔をしたり、緊張したりする。

 お母さんも初めてお父さんが帰って来た時はそんな風だったけど、だんだんと嬉しそうな顔をするようになったから、私もだんだん嬉しくなった。オリバーもマシューおじさまが帰って来た時は、こんな気持ちだったんだろうな。

 お父さんはとっても優しかったから、いろんなお話をしたの。

 お父さんがいない間に、島で起きたこと。新しく読んだお話のこと。オリバーと一緒に四つ葉を見つけたこと。

 ライエ叔母様のお部屋に勝手に入ったら叱られてしまったの、とお話したら『お父様も叱られたことがあるよ』だって。ライエ叔母様はお母さんの妹だけど、もっとずっとしっかりしているんだろうねとお父さんが言ったら、お母さんは恥ずかしそうに笑ってた。『良い妹を持ったわ』とも言って。

 叔母様が良い妹かな、でもお母さんが言うんだから。

 

 それだったら、私も妹が欲しい!

 そう言ったら、たまたま顔を見せたライエ叔母様が『お願いだから勘弁して』だって。妹が欲しいって思って、何が悪いんだろう。やっぱり叔母様は苦手。

 だけど、お父さんがこっそり教えてくれた。

『エイミーにも、妹がいるんだよ』って。

 どんな子なんだろうなあ。可愛い子かな、お父さんみたいに優しい子だと良いな。でも、私のお母さんから生まれてきたんじゃないんだよね?よくわからない。

『お父さんも妹も、私たちと一緒にレイラ島に住めばいいのに』

 そうなったら素敵だなあ。

 いつもそうお願いするのに。それだけはお母さんもお父さんも困った顔をするだけだった。


 レイラ島のみんながいるだけで十分だったけど、やっぱりお父さんがいてくれるともっと楽しい。

 だけどお父さんは、レイラ島に来ても短い時間で帰ってしまうから、あんまり一緒にいられない。それだけでもつまらなかったのに、だんだん、島に来ること自体が減って行った。

『お父様はお忙しいのよ』ってお母さんは言うけれど。だけどお母さんだって会いたいでしょう?具合の悪い日が増えて、お父さんが傍にいてくれたらって思うでしょう?

 青い顔で眠っているばかりになったお母さん。

 私はとても怖くて、不安で、お母さんの掛けているお布団によじ登っては縋りついていた。お母さんは優しく頭を撫でてくれたけれど、その手は枯れ枝みたいに細い。 

 そのうちにライエ叔母様がやって来て、私のことをお母さんから引っぺがしてしまう。叔母様はトーラスおじさまと一緒に、たくさんのお薬や魔法を試したけれど『魔法でもどうすることのできないものもある』って悲しい顔をした。

 お母さんから引きはがされた私と、オリバーはいっぱい遊んでくれた。オリバーがあんまり好きじゃないお姫様ごっこも、その頃は一緒にしてくれたな。オリバーには王子様をやってもらうけど、王子様って『光り輝くように美しい』って本に書いてあるから、ちょっと違うみたい。


 アデイルおばさまが来ると、オリバーは嬉しそうに駆けていく。アデイルおばさまも、優しくそれを受け止める。

 二人とも優しくて大好きなの。だけど時々羨ましくてなんだか苦しくて、マシューおじさまが帰ってくるとその苦しさは大きくなった。

 どうして私のお父さんは、私たちから遠いところにいるんだろう。

 そう口にする私に、お母さんは一度だけ『ごめんなさい』と謝った。なにが悪いのか、分からなかったけれど。

 そうして私がもうすぐ七歳になるという頃。

 お母さんも、私からとてもとても遠いところへと行ってしまった。

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