第18話 予兆

「それより、鹿狩りにうちの子らを連れていくようだけど、なにが目的なの?」


 それよりを大事にしたのはお前だろうが。ったく。


「鹿狩りが目的だよ。裏はない」


 なんで裏があると思うんだよ? 鹿狩りに壮大な計画なんてねーよ。


「ウソおっしゃい。あなたがなんの考えもなく動くわけないわ」


「いや、そりゃなんも考えず動くことはしないが、お前が勘ぐるようなことはしないよ。ただ、タジーの手伝いをするだけだ。その過程でお前んとこの孤児を借りるだけだ」


 オレはそんな神算鬼謀な性格じゃない。それは王の担当で、オレはそれを実現させるために働くのが役目だったのだ。


「まあ、いいわ。あなたが動くならこちらも動くまでだわ」


「なんなんだよ?」


「わたしも同伴するわ。近くで見て判断するわ」


「なんで?」


 別にお前がついてくることでもないだろうに。


「わたしもあの子たちの修業をするわ」


「お前こそなにを考えているんだよ?」


 こいつは陰謀を張り巡らせるヤツじゃないが、無駄なことはしない。なにか考えがあってのことだろう。


「弟子の修業を考えているだけよ」


 忘れてた。こいつが口が固いことを。言わないと決めたら絶対に口を割らないヤツなのだ。


 ……見た目と違って頑固者なんだからよ……。


「とにかく、わたしもついていくから」


 と言って帰っていった。なんなんだよ、ほんと?


「メビアーヌ。今日は瞑想だけに止めておけ。適合したとは言え、体に馴染むには時間がかかるんだから。あと、本を読むのもダメだからな」


「……わかりました……」


 不承不承頷くメビアーヌ。まったく、本の虫はしょうがないな。


「リオ夫人。少し出てきます。夜には戻ります」


「はい。いってらっしゃいませ」


 リオ夫人に見送られてうちを出た。


「ミドロック、わたしもついていく」


 と、メイナ姫がついてきた。


「ただの買い物ですよ」


 狩りの間の酒を買いにいくだけだ。リオ夫人に任せると葡萄酒じゃなく葡萄汁を買ってくるからな。


「構わない。付き合う」


 なんなんだ、いったい?


 断る理由もないのでメイナ姫を連れて酒屋へと向かった。


 馴染みの酒屋にいくと、なにやら店仕舞いをしていた。まだ夕方にもなってないだろう?


「ロンカ。どうしたんだ? 夜逃げか?」


 酒屋の主に声をかけた。


「失礼なこと言わんでくれ。酒がないから閉めるんだよ」


「はぁあ!? 酒がないとはどう言うことだよ!」


 これまで品薄になることはよくあってもなくなるってことはなかったはずだ。


「隊商が盗賊に襲われたようだ」


「盗賊? そんなのがいるのか?」


 魔導王に勝った直後なら盗賊もいたし、治安回復のためにオレも盗賊退治を何度もした。国の復興には流通は大事だと王に言われてな。


 そのお陰で盗賊は一掃され、たまに個人を襲う強盗が出るくらいのはずだ。


「おれもよくわからんが、よくわからん言葉を使っていたと言う話だ」


 言葉が違う? 近隣諸国は同じ言葉を使う。知らない言葉となると相当離れた国になるぞ。


「軍は動いたのか?」


「出たのは出たが、蟻退治で少ないからな、討伐はできてないそうだ」


 ハァ~。また厄介なことになってるな。やっと治安がよくなっていると言うのに……。


「だから当分は店仕舞いだよ。商売あがったりだ」


 他の酒屋にもいったが、すでに買占められているのか、戸が閉められていた。


「……マジかよ……」


 よく王が使っていた言葉が出てしまった。


「討伐か?」


 メイナ姫が瞳を輝かして訊いてきた。


「それは軍の仕事ですよ」


 治安維持は軍のお仕事。一般庶民のお仕事ではない。


「冒険者に依頼はされないのか?」


「ないこともないですが、ガイハの町で人と戦える冒険者はいませんよ」


 獣と戦うのと人と戦うのは別物だ。強いならなんとかなるかもしれんが、捕らえたり護送したりなんてできやしないだろうよ。


「ミドロックはできるだろう?」


「オレは冒険者じゃありませんので」


 あわよくばと言った感じだろうが、襲われたならともかく自ら手向く気はない。軍の仕事を奪うことになるからな。


「人相手の冒険者になるなら他の町にいったほうがいいですよ。ここは大森林相を相手にする冒険者の町ですからね」


 騎士になりたいなら町でがんばるほうがいい。騎士は人を守る存在なのだからな。


「酒屋は全滅か~」


 完全に出遅れたな。これじゃ酒場も渋くなりそうだ。


 酒や食料が少なくなると制限がかかる。頼んでも売ってくれないだろいな~。


 諦めて家に帰ったら、葡萄酒の箱が積み重ねてあった。え、どう言うこと?


「あ、先生。お帰りなさい。隊商が盗賊に襲われたって聞いたから買い占めておきました」


 タジーの笑顔に涙が流れる。お前ってヤツは……。


「感謝します」


 思わずタジーに跪き、タジーに感謝した。


「ちょっ、先生! 止めてくださいよ!」


 いや、止めないよ。オレの血は酒でできている──とは大袈裟だが、酒がなければ生きていけない。一日でも断ったらオレは死ぬ。


「タジー。お前がいい子に育ってくれて嬉しいよ」


 なぜお前は結婚してしまったんだ。家にいてくれたらオレの立場も下がることもなかっただろうに……。


「家にいるミドロックは情けないのだな」


 情けなくて結構。矜持で酒は飲めないんだからな! 酒、万歳!

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