第9話 飲み屋ミドミ

 何事もなく薬草とギダラの樹液が集められた。いや、集めてもらえた、だな。


「そんじゃ帰るぞ~」


 蟻を担げるだけ担いだ少年少女たちに号令をかけて帰路についた。


 やはり疲れているのか少年少女の足取りは重い。日が暮れるまで帰れるか心配だったが、根性があるのか暮れる前に帰ってこれた。


「これまた大猟ね」


 これを仕組んだミレンティが呆れている。


「それだけ増えているってことだな。早く軍に動けと言っておけ。あの様子じゃ千匹は超えてるぞ」


 蟻は増えるときは本当に早い。もう完全に巣ができている証拠だ。


「なら、ミドロックさんも参加してくださいよ。数日で終わりますよ」


「オレはもう軍人じゃなく一般人なの。国から給料もらってるヤツががんばれ」


 給料分は働いてから国のために貢献しろ、だ。


「それより、換金してくれ。オレは早く酒が飲みたいんだよ」


 オレの人生に酒は必要不可欠。ないなど死ねと言っているようなものだ。


 金に興味はないが、働いた金で飲む酒は旨い。早く酒場にいって自分に報酬を与えねばならんのだ。


「はいはい。すぐに換金しますよ」


 蟻はほとんど少年少女たちが倒し、換金しても一晩の飲み代で消えるくらい。それに、薬草とギダラの樹液集めで相殺だろう。


「はい。飲み過ぎないようにね。メビアーヌに怒られてもしらないから」


 飲んでしまえばこちらのもの。後悔はあとですればいいさ。


「ミドロックさん、本当にいいんですか? おれたちがもらって?」 


「弱者救済はこの王の教えだ。遠慮せずもらっておけ。もし、返したいと思うなら自分より弱い者に返したらいいさ」


 今のオレを救いたいければ酒を持ってこい。泣いて喜ぶからよ。


 一晩飲めるだけの金を懐に仕舞い、冒険所を出た。


 辺りはすっかり暗くなり、町は大人の世界になっている。さあ、酒場へレッツゴー!


 軍が駐屯しているだけにガイハの町には酒場が多くあり、大人な店も多くある。


 オレはよくある酒場で飲むのが好きなので大人な店で飲むことはしない。したらメビアーヌにゴミを見るような目を向けられるからな。


 ……女を弟子にすると休まらないことがいっぱいあるぜ……。


 いきつけの酒場は、大通りから一本奥に入ったところにあるミドミと言う飲み屋だ。


「あら、いらっしゃい、先生」


 迎えてくれたのはミドミの主で、レミリーと言う四十うん歳の女だ。


 魔導王軍との戦いで右足を失い、オレがこの町に向かう馬車の中で知り合ったときからの付き合いだ。


 ここでガイハの町で生まれたらしいが、親類縁者、家族はいず、女一人で生きている強い女だ。


「おう。まずは麦酒をくれ」


「はいよ」


 氷で冷やした麦酒を出してもらい、いっきに飲み干した。


「カァー! 旨い! もう一杯!」


 この世に生まれて一番よかったことは酒と出会ったことだと言っても過言ではないぜ!


「次は葡萄酒をくれ。あと、なんかつまむものを頼むよ」


 レミリーは料理も上手く、リオ夫人にも負けてない。これだけの腕があるんだから男を捕まえればいいのにな。


 とは思うが、レミリーの人生。オレが口出すことじゃないので余計なことは言わない。旨い酒と旨い料理を楽しませてもらうだけだ。


「カブの酢漬けと燻製肉でいい? 最近、物価が高くなってね、なかなか手に入らないのよ」


「あー蟻が出たからな、その退治で食料を集めているんだろう」


 大規模行動時はよくあること。そのときはよく食料不足になるのだ。


「それなら鹿を狩ってくるんだったな」


 そこまで頭が働かなかったよ。


「足りなくなったらうちにきな。猪肉ならたくさんあるからよ」


 一月前くらいにメビアーヌに狩ってこいと命令されて四頭ばかり狩ってきて、塩漬けと結界保存してある。レミリーに分けても問題ない。


「ええ。足りなくなったらいただきにいくわ」


「酒は足りてるのか?」


 蟻退治には酒は持っていかないから足りなくなるとは思わないが、退治前の前哨戦とばかりに町に軍人が出ていた。いつもより消費は激しいはずだ。


「今のところはね。蟻退治が終わったら足りなくなるかもね」


「ああ、そうだな。全軍が動く感じだしな」


 通常なら一部隊が動くくらいだから足りなくなることはないが、今回は全軍になるはず。そうなったら何百人と町に繰り出してくるはず。そうなったら一時的に町から酒がなくなるだろうよ。


「バンブルトの街まで買い出しに出たほうがいいかな?」


 ガイハの補給地となっているところで、朝早くに出れば日が暮れる前にはつける距離にある。まあ、いくなら泊まりにはなるけどな。


「そのときは食料品をよろしくね。先生が買ってきてくれたら手数料を取られなくて済むからね」


 隊商が毎日行き来しているとは言え、輸送料として上乗せられて町で売られる。物価はバンブルトよりは高くなっている。


「アハハ、ちゃっかりしてやがる。まあ、ミドミがないと困るからな、たくさん買ってきてやるよ」


 ここはオレの心の故郷。失いたくない場所である。末長くやってもらわなくちゃ困るってものだ。


 酒が旨い。料理が旨い。飲み屋がいい。まったくいい余生だ。

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