その7

 山田徹の家を訪ねて4日程後のことである。

 俺は埼玉県の浦和にいた。

 そこは割と大きな建物で、一階が会社の事務所、二階が住居という造りだった。

”大岩機械設計事務所”

 そんな看板がかかっていたが、日曜日だったので、当然ながらオフィスには鍵がかかっていたので、俺は事務所の横にある階段を上がり、二階の住居へと向かい、インターフォンを鳴らした。

 俺が探偵だと名乗っても、向こうは特に警戒もせず、ドアを開けて中に入れてくれた。

 設計事務所の所長、大岩洋太郎。58歳。

 身長はそれほど高くはなかったが、引き締まった体つきの、真面目そうな男だった。

 居間に通されると、俺は少しばかり驚いた。

 いや、居間だけではない。

 部屋の中、至る所に70年代から80年代にかけての特撮とアニメのフィギュアや玩具などが、所狭しと、それでいて整然と並べられていた。

『私には妻も子供もいません。こんな趣味を持っていては、恋人なんか出来る筈もありませんよ』

 彼は俺にソファを勧め、生憎コーヒーがないものでといい、ココアを出してくれた。

 俺はココアに口を付け、一口だけ啜ると、訪問の主旨を告げた。

『私はネットについては無知に等しい人間なものですからね。そっちに精通している友人に調べて貰いました。どういうからくりかは分からないが、友人曰く、”ちょっとくらいコンピューターに詳しければ、中学生だって出来る”方法だそうですな。

貴方は別の人物になりすましてネットに潜り込み、くろぬま健氏のパソコンに脅迫メールを送り続けた。違いますか?』

 俺の言葉を聞き終わると、黙ってソファから立ち上がり部屋を出て行き、暫くしてから何かを持って戻って来た。

 彼が手に持っていたもの・・・・それはボール紙で出来た箱だった。ボロボロになり、ところどころに泥がこびりついていたが、紛れもなく、山口氏が持っていた、

”スーパーヒーロー”の玩具のものであった。 

『山口さんの奥さんが売りに出した後、これはあっちこっちの業者や、コレクターと称する金もうけしか頭にない連中の手に渡りました。挙句は伊豆に住んでいたある大金持ちが金を積んで強引に自分のモノにしましてね・・・・』

 ところがその金持は、1年前、伊豆に大雨が降った夏の事、地滑りで家ごと流されてしまった。

 当の金持氏は死亡。数々のコレクションは泥の中から発掘されたが、殆どは跡形もない惨状だったという。

 だが、このスーパーヒーローの、ブリキの玩具だけは運よく助かった。

 金持氏の遺族は彼のコレクションに殆ど、否、全くと言っていいほど関心を示さず、救出されたこの玩具も、他の幾つかと同じように、半ば捨て値に近い値段で骨董屋に叩き売られたという。

『私は何とか工面をして、どうにかこれだけは救出し、今は手元に置いてあります。私も子供の頃から”スーパーヒーロー”の大ファンでしたからね。山口さんの気持が良く理解出来たんです』

『山口さんと面識はあったんですか?』

『いいえ、まったく、ただ、ファンの間では有名でしたからね。』

 彼はそう答え、唇を噛みしめ、肩を震わせた。


『あの番組、私も観てましたよ。いえ、好きだったからじゃなくて、ただの偶然です。だから、あの時、くろぬま健氏の発した心無い言葉に、心底怒りました。テレビの前で”ふざけるな!”って怒鳴ったくらいですから』



 

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