その8

『くろぬま氏のところに送り付けた銃弾は、私が自分で作ったものです』大岩は俺が訊ねる前に自分から語り始めた。

『元々手先が器用なものですからね。無論実包じゃありません。モデルガンのダミーカートリッジと同じようなものです。』

 彼はまた立ち上がり、二杯目のココアを淹れて戻って来ると、大きくため息をついて話を続けた。

『貴方はきっと私の事を”偏執狂マニアックで気味の悪い奴だ”とでも思っておられるんでしょう?』

 俺の目を見て、半ば自嘲的に呟く。

『お世辞にも賞賛は出来ませんな。しかし私は他人の趣味や嗜好には興味なんかありません。ただ、事実を探りあて、依頼人のリクエストに応えて報酬を貰うこと、それが仕事です』

 俺が答えを返すと、大岩氏は、そこでまたため息をついた。

『私は、あの男が許せなかったんです。誰がどう思おうと山口さん、そして私達ファンにとって憧れだった、あのスーパーヒーローを侮辱するような発言をしたんですからね。それだけでも彼を脅す理由はある。いや、もっと言えば殺しても構わないとさえ思いました。』

カップを置き、俺は腕を組んだ。

『で、乾さん、私をどうなさるんですか?警察に突き出すとか?』彼はカップを卓子テーブルに置き、俺の目を凝視みつめながら低い声で問う。

 俺はソファから立ち上がり、ポケットからICレコーダーを取り出した。

『事後承諾みたいになって申し訳ありませんが、ここへ来てからの貴方との会話は全て録音させて頂きました。私はこれを報告書と共に依頼人へ渡します。依頼人は今のところ警察へ被害届をを出したり、相談に出かけたりはしていないようですからね。これじゃ犯罪は成立しません。私の報告を聞いて、彼の気が変われば別ですが』

 あのくろぬま氏の態度から察するに、恐らくそんなことはしないだろう。

 誤解して貰っては困るが、俺は大岩氏を庇うつもりなんか毛頭ない。

 ただ、くろぬまの側にも触られたら飛び上がるほど痛いきずが、脛に数えきれないほどあるからな。

 恐い世界との濃厚接触のみならず、脱税、不倫、セクハラ、パワハラ等、等、等・・・・

 俺が調べて、裏を取っただけでも十幾つは判明している。

 脅迫を受けたからって、警察オマワリなんぞに泣きついていたら、芸能マスコミに留まらず、第四だか第五だかの権力になりつつあるネット社会とやらの格好の餌食だ。

 何しろテレビで三流のお笑いタレントが馬鹿話をしただけで吊し上げを喰らった

挙句干されちまうんだからな。

”ケツ持ちが絡んできたらどうするんだ”だって?

 馬鹿言っちゃいけない。

 あの連中はロハじゃ動かん。

 俺達探偵なんぞより高いモノを取るんだぜ。

 それにこのご時世、それでなくても警察オマワリからの締め付けが厳しいんだ。

 強面のおあにいさん達だって、詰まらん理由で塀の中へ落ちたくなんぞないだろうしな。

 くろぬま氏も歌手って人気商売だぜ。スキャンダルが露見したら、もう新曲だって出せなくなるし、人気もガタ落ちだ。


 某女王が首領ドンと言われる男から寵愛を受けていたことを誰もが見て見ぬふりをしてくれていた黄金時代とは違うのだ。

『私はこれからどうすればいいんですか?』

 少し間を置いて、大岩氏が言った。声が少しばかり震えているようである。

『どうするかは貴方がお決めになることです。そこから先は私の仕事ではありませんからね』

 俺はそう言って、ココア、ご馳走様でした。そう言って軽く会釈をし、家から出て行った。

 大岩氏はいいえ、とだけ答え、後は沈黙し、卓子テーブルの端に置いた、あのボロボロの箱をみつめていた。



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