その6

 JR清水駅を降りると、俺はその町について駅員に訊ねてみた。

”ここからだと車で行っても1時間はかかりますよ。でも、あそこは何にもないところですがねぇ。”駅員は事務的な口調で返す。

 タクシーを捉まえようかとも思ったが、生憎駅前には一台も止まっていなかった。

 新型ナントカの影響なんだろう。タクシーも客待ちを控えているに違いない。

 俺は仕方なく、駅員に聞いた道を歩いて行こうと思った。

 何の、こう見えても歩くのは好きなんだ。

 車なんぞよりはるかにましだ。


 きっかり1時間と30分後、俺は目的の町に着いた。

 確かに何もない、本当にささやかな所である、

 駅を降りてすぐ、俺は自販機でコーラを買ったついでに、そのすぐ脇にあった何でも屋(本当ならコンビニと言いたいところなんだが、店の名前が本当にそうなんだから仕方がない)で、例の学習塾の経営者氏について訊ねてみた。

 店番をしていたのは、少し耳の遠い70過ぎの婆さんだったが、親切に教えてれたが、

『でもあの先生、一昨年くらいに亡くなったって聞いたがねぇ』

 礼を言って店を出る時、婆さんは大声で付け加えた。

 教えて貰った通りの番地までたどり着くのに、さほどの苦労は必要としなかった。

 木造平屋建ての赤い瓦屋根を乗せている、日本の田舎ならば、どこにでも見かけるような、そんな家だった。

 門柱には、

”山田徹”

 という、どこにでもありそうな平凡な名前が掛っている。

 これが、あの時の出品者の名前だった。

 チャイムを押すと、暫くして五十代半ばと思われる背の低い、眼鏡をかけた地味な身なりの女性が出て来た。

 山田徹の妻で、真弓と申しますと、自分の名を名乗る。

 俺が認可証ライセンスとバッジを提示し、来訪の目的について手短に話すと、彼女は、

『どうぞ、お入りください』と、家の中へと案内してくれた。

 一番奥の、元々は夫婦の寝室だったと思われる二十畳ほどの部屋に、真新しい仏壇と位牌が置かれてあり、眼鏡をかけたスーツ姿の痩せた男が寂しそうな顔の遺影が、まっすぐにこちらを見つめていた。

『つい一昨年のことです。もともとあまり身体が丈夫ではなかったんですが、癌だということが分かりましてね。治療の甲斐なく・・・・』

 遺影の前に座り、線香をあげて鐘を鳴らして合掌をすると(信心をしていなくても、一応の礼儀ぐらいは心得ている)、こちらに向き直った俺に茶を出してくれ、彼女が小さな声で言った。

『早速で申し訳ないんですが、ご主人の・・・・』俺が言いかけると、彼女は小さくかぶりを振り、

『主人の大切にしていたでしょう?誠に申し訳ないのですが、全て処分しました。何しろ結構な量がありましたしね。手入れが行き届かなかったりして、壊しでもしたら主人に済みませんから・・・・それにあれを見ていると、どうしても思い出してしまいますし・・・・』

 何でも、生前彼が懇意にしていた友人に頼んで売って貰ったそうだ。

『私ども夫婦には子供がいませんし、他に趣味などない人ですからね。あのおもちゃだけを生きがいにしていたようなものですわ』

『ご主人は、例の番組の一件について何か話されたことはありましたか?』

『いいえ、もともと口数の少ない人でしたし、あの番組だって自分から進んで出たわけではないんです。主人の弟が同窓会か何かでその話をしましたら・・・・』

 たまたま弟の友人にあの番組のディレクターがいて、それで出演が決まったのだという。

『ですから、最初は断ろうと思ったみたいなんですけど、是非頼むと言われて、断り切れずに出たのです。そこであんなことを言われたものですからね。さぞかし悔しかったでしょうが・・・・』

 夫人はハンカチで目頭を押さえて答えた。

 当り前の話だが、死人には脅迫は出来ないし、仮に生きていたとしても、そんなことのできる人物ではなさそうだ。

『分かりました。では最後に一つだけ、コレクションを売った方の名前と住所を教えて頂けませんか?』

 夫人はしばらく考えた後、”ちょっとお待ちを”そう言って一度立ち上がり、黒っぽい表紙の小さな住所録を持って戻って来た。

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