第11話


         ※


 僕とフィンがある程度弾倉を集めると、トニーがのっそりと近づいてきた。


「付近の防火スライドドアの開閉を確認しました。増援の警備員が、じき訪れます。移動しましょう」

「分かった」


 短く答え、僕とフィンは集めた弾倉をトニーに見せた。するとトニーは、くるりと頭部を回転させ、十分だと告げた。


「警備員の到着までは?」

「あと二分三十八秒後かと思われます。直ちにこの廊下から北側へ進行し、我々の意図が読まれないうちに、食糧生産プラントへ参りましょう」

「ま、待ってくれ!」


 僕は思わず声を上げた。


「レーナは? まだ気を失っているけれど……」

「わたくしが背負います。アル様とフィン様は、各々自動小銃をお持ちください。予備弾倉は二つずつ、残りはわたくしが背部に格納しておきます」


 そう言って、トニーは背部のハッチを開放し、僕たちから受け取った弾倉を転がすように放り込んだ。

 そしてその上からレーナを背負い、左手で支え、右手で自分の自動小銃を構えた。


 目を閉じたレーナの額が、赤く腫れている。傷が残らなければいいけれど、と僕は胸中で呟いた。傷があろうがなかろうが、僕はレーナを嫌いになることはないだろうが。


 大股で進んでいくトニーに、僕とフィンは小走りでついていく。


「トニー、この先の警備員の動きは?」

「ご心配には及びません。この施設が極めて複雑な構造をしていることが、先ほどのミヤマ博士からのデータで判明しました。スライドドアの開閉をこまめに行えば、簡単に振り切れるでしょう」


 僕はほっと息をついた。いや、それどころでないことは分かっている。僕たちはまさに、命からがら、敵地のど真ん中を突っ切ろうとしているのだ。

 しかし、さっきの現象――目の前が真っ赤になって、ばったばったと人を殺してしまう状態――に引きずり込まれないで済むのなら、それに越したことはない。

 何せ、そんなことはレーナが望んでいないのだから。


「お待ちを」


 唐突にトニーが手を翳した。僕とフィンが足を止めると、すぐそばのドアからくぐもった爆音がした。ドアの隙間から、微かに黒煙が上がってくる。

 

 トニーは器用に、背負ったレーナの身体を持ち上げ、背部ハッチを開いた。そこから球形の物体を取り出す。


「それは何だ?」

「地雷型の手榴弾です。貼り付けて使用します」


 ぺたり、とそれを慎重にドアに押し付ける。


「ドアが開かれると同時に起爆します。この室内の警備員を行動不能に陥らせるだけの威力はあります。急ぎましょう」


 その廊下を歩み切り、次のブロックへのドアを通り抜けた、まさに次に瞬間だった。

 今まで以上の爆音と共に、廊下が揺れた。床も壁も天井も。


「ちょ、ちょっと! 一体どれだけの威力があんのよ、あの爆弾!」


 驚いた拍子に、フィンが声を荒げる。

 それに対し、トニーは淡々と解説した。


「一般の手榴弾の三倍の火薬が詰められています。最大効果域は、場所にもよりますが約五・二倍の広さになります」


 それを聞いて、フィンは一旦振り返り、肩を上下させた。それからレーナを一瞥する。

 きっと、今の爆音で目を覚ましてしまっていないか、確認したのだろう。


「フィン、僕らも戦う覚悟をしておかないと」

「分かってるわよ、そんなこと」


 自動小銃の取り扱いは、この学校(を偽装した実験施設)に来る以前に習っている。将来自分が、どこの星で、どんな危険生物に遭遇するか分からないからだ。

 まさか対人兵器として使うことになるとは思わなかったけれど。


 僕は肩から掛けたベルトに自動小銃を預け、両手を離して両の掌を見つめた。

 手汗びっしょりだ。緊張しているのは、自他共に認めるところだろう。


 たとえレーナが望まなくとも、僕たちは戦って前進するしかない。

 殺らなければ殺られる、という言葉を脳内で反芻し、気絶しているレーナにひっそりと許しを請うた。

 

 すまない、レーナ。どうか許してほしい。自分たちが人殺しになってしまうことを。


         ※


 しばらく無言で、僕たちはいくつかのスライドドアを通過した。トニーは時折、自分の腹部からワイヤーを伸ばし、有線操作でスライドドアに細工をした。

 恐らく、僕たちの後に誰かが来ても、すぐには突破されないように閉鎖しているのだろう。


 フィンは油断なく、前方と後方に交互に視線を遣っている。銃口もまた同様だ。

 彼女は基礎体力と言うか、身体が丈夫だから、この自動小銃を軽々と扱えるのだろう。


 対する僕はと言えば、目の高さに銃口を掲げ、前方を警戒するだけで精一杯だった。

 もう既に腕が攣りそうである。情けないやら何やらで、僕の視線が下がる。

 いや、もしかしたら、自分が戦闘マシンのような挙動を取ることに抵抗を覚えていたのかもしれない。


 そのままの目線で進むと、再びトニーが腕を翳した。僕も慌てて、自動小銃を掲げ直す。

 すると、薄暗かった廊下を歩いてきた僕たちの目に、真っ白な光が差し込んできた。


「んっ……」

「食糧生産プラントに到着しました。一旦分かれましょう」

「え、えっ?」


 僕は慌てて、トニーの背中を見上げた。


「わたくしは、この生産プラントの制御室に回って、ここのコントロールを乗っ取ります。わたくしにしかできないことです。アル様、フィン様、お二人にはそれまでの間、この侵入口を守っていただきたい」

「ぼ、僕たちだけで?」


 僕は呆気に取られた。

 トニーの存在なしに銃撃戦に臨めと言うのか?


「ちょっと待って。あたしたちだけで警備員を止めろ、と?」

「僅かな間です。十分もあれば、このドアを封鎖できます。フィン様、ご心配には及びませんよ」

「そ、そうは言っても……」


 いつになく弱気な態度を見せるフィン。それはそうだ。自分たちの命が懸かっているのだから。

 それでいてなお強気でいられたら、僕はフィンの正気を疑うところである。


 さて、問題はどうやって戦うか。守るのは攻めるより難しいとも言うし、まずはこのプラントの概観を把握しなければなるまい。


 食糧生産プラントは、二つのドームと制御室から形成されている。今僕たちがいるのは、食用植物の生産ドーム、通称ドームⅠだ。

 これはドームⅡ――食用肉培養ドーム――と共通の構造をしている。相違点があるとすれば、ドームⅠは、惑星外の恒星からの光は完全に遮断されている、という点だ。ドーム内側の照明によって、食用植物の光合成が行われている。


 最も、食用植物にせよ食用肉にせよ、遺伝子工学的にかなり手の込んだ造りをしているらしい。そうでなければ――すなわち地球と同じ環境下で生産していては、あまりにも効率が悪すぎるのだそうだ。


 人間はどこまで地球を裏切り続けるつもりなのだろうか。

 そう思うと、僕は怒りを通り越して虚しさを覚えた。


「ちょっとアル、聞いてんの?」

「あ、えっ?」

「ったく、いつになくボサッとしてると思ったら……。あんたはキャットウォークの上から、このドアを狙って撃ちまくって。あんたが撃ち漏らした敵は、あたしが逃げ隠れして仕留めるから」

「ああ」


 すると、思いっきりフィンに側頭部を小突かれた。


「あんたねえ、『ああ』ってそれで分かってんの? しっかりしてよ、トニーはいないんだから」


 再び『ああ』と答えそうになるのを何とか抑えて、僕は大きく頷いた。

 フィンの方に振り返ると、自動小銃の弾倉を取り外し、射撃準備を整えていた。


「あんたはあの階段から上って、ドアの正面に陣取って頂戴。一発も無駄にしないでよ? ……ポールの仇を討たなきゃならないんだからね」


 そのフィンの姿に、僕は胸を打たれる思いがした。

 彼女がどれほどポールのことを想っていたのか、数値化することはできない。

 それでも、互いに認め合う仲だったのだから、そこには確かな絆があったのだろう。僕がレーナを想うように。


「ねえ、フィン」

「何?」

「僕、頑張るよ。ポールは僕にとっても親友だったから」


 すると、フィンはぱっと顔を上げた。目を丸くしている。

 

「アル、自分の言った意味、分かってる? あんた、『人殺しを頑張る』って言ったのと同じなんだよ?」

「分かってる。敵なら殺してやる。ポールは殺されたんだからね」


 それ以上目を合わせることなく、僕は自動小銃の弾倉を確認し、フィン同様に初弾を装填した。


「それじゃ、僕は上に行く。フィン、危なくなったらすぐに離れるんだ。手榴弾で敵を牽制するから。あんまり数はないけど」


 フィンは僕に、奇妙なものを見つめるような視線を送ってくる。きっと、僕が積極的に殺人に加担するとは思っていなかったのだろう。

 だが、今や周りの目はどうでもいい。やってやる。僕たちはミヤマ博士の指示を受けて、どうにか地球に行きつかねばならない。

 今更手段を選んでいる場合ではないのだ。


 フィンが僕に向かって何かを言いかけたが、僕はわざと無視して、カンカンと音を立てながらキャットウォークを上っていった。

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