第12話


         ※


 僕は俯きながら、キャットウォークを駆け上がった。

 何せ、眩しいのだ。少しばかりの熱も感じる。しかしこれなら、逆光で警備員たちの目を眩ませることもできるかもしれない。


 今更ながら、僕はトニーとの連絡がつかないことに思い至った。胸中で悪態をつきつつ、なるようになれと自分に言い聞かせる。


 階段を上り切り、出入口の正面に腹這いになって自動小銃を構える。

 ちょうど、超巨大に製造された緑黄色野菜の葉の隙間から銃口を出すような形だ。

 土特有のむっとする匂いに、植物の気体交換に伴う青臭さが混じる。


 僕が息を吐き出し、自分の片頬を叩いて気合いを入れた、その時だった。

 今日何度目かの、鈍い爆発音がした。警備員たちがこのプラント、ドームⅠ入り口に至ったらしい。


 僕は自分に対して『非情であれ』と念じ、瞬きを繰り返した。落ち着きを維持すべく、唇を湿らせる。

 寝そべったままスコープを覗き込み、歪んだ入り口のドアに狙いを合わせる。


 二度、三度とくぐもった爆音は続き、四度目でようやくドアがこちら側に吹っ飛ばされてきた。このプラントは、貴重な食糧供給源だ。相手も慎重にドアを破りたかったのだろう。


 来るぞ、と僕は自身に囁いた。

 黒煙と共に、僕らと同じ自動小銃を手にした警備員たちが雪崩れ込んでくる――と、思っていたのだが、しかし。


「んっ?」


 黒煙の向こうに、人影はない。誰かがいる気配はするが、迫ってくるような殺気は感じられない。

 判断が、一瞬遅れた。


「フィン、伏せろ!」


 直後、ドーム内の照明を遥かに上回る爆光が、僕の視界を真っ白に染めた。

 同時に、女性の悲鳴のような甲高い音が、僕の聴覚をも奪っていく。

 閃光音響手榴弾が投げ込まれたに違いない。


「チッ!」


 僕は銃口を逸らさずに、銃弾をドアの方向へと撃ち込んだ。突入してくる人間がいれば、間違いなく当たるはずだ。自動小銃の威力を以てすれば、あのフルフェイスのヘルメットを破砕できるはず。


 そう思い、弾倉の半分ほどを消費した、ちょうどその時だった。

 ピシッ、と空を斬る音と共に、銃弾が僕の右頬を掠めた。じわり、と血の滲む感覚がある。


「ッ!」


 僕が脅威を感じたのは、もちろん自らの僅かな出血などではない。相手がほぼ精確に、僕を狙って撃ってきたということ。それこそが恐るべき事態だ。


 聴覚はだいぶ戻ってきたが、視野は中央が白くぼやけ、役に立ちそうにない。

 やむを得ず、僕は自動小銃を握ったまま転がり、次弾を回避した。


 その頃には、既にドーム内では銃撃戦が繰り広げられていた。

 相手は自分たちの閃光音響手榴弾に対し、きちんと対策を取っていた。恐らく、赤外線バイザー仕様のヘルメットを装備していたのだろう。


 トニーと別行動に入ってから、五分ほどが経過していた。残り半分の五分間を持たせれば、警備員たちを締め出すことができる。

 しかしそうするためには、既に突入してきた警備員を、全員退去させる必要がある。あるいは、全員を行動不能に陥らせるか。


 僕は視界から余計な残光を拭い去るべく、ぎゅっと目を閉じた。

 考えろ、アレックス。考えるんだ。ドームの構造は、さっきトニーと一緒に見たじゃないか。この閉鎖的な空間なら、立て籠もりが可能だったはず。


 待てよ? ここには二つのドームがあるが、制御室は一つだけだ。つまり、トニーは二つのドームの通用路を一括管理できる。

 であれば、防衛線はドームⅠの入り口ではなく、ドームⅠとドームⅡの通用路でも構わないということになる。

 問題は、防衛線の変更をトニーにどうやって提案するか、だが、どうしたものか。


 ようやく回復してきた視界の中央に、僕は『それ』を捉えた。ドーム間の通信を行うマイクとヘッドフォンだ。ちょうど肩の高さに合うようにコンソールが備え付けられている。

 僕はそのコンソールを見下ろした。通信先を制御室に設定し、マイクを握りしめる。そして、銃声に負けないように大声を吹き込んだ。


「トニー、聞こえるか? 僕だ、アルだ!」

《アル様、ご無事で?》

「一応、僕もフィンも生きてる。それより――」


 僕は先ほどの、防衛線を後退させる案を述べた。


《かしこまりました。あと三分二十一秒、お待ちください》

「分かった、何とか持ちこたえる!」


 と吹き込んだ直後、板状のコンソールを貫通して弾丸が飛来した。


「うわっ!」


 回避した、というのは語弊がある。偶然当たらなかった。それだけだ。コンソール(だった板状電子機器)は火花を散らし、画面が暗転している。

 この騒音の中、フィンに手榴弾の使用を伝える術はない。視界はだいぶ戻ってきたが、フィンを援護できなければ、また一人、仲間を喪うことになる。


 僕は自動小銃の弾倉を交換し、フルオートからセミオートに切り替えた。一発ずつ、慎重に発砲して、敵の頭数を減らしていくしかない。


 再びスコープを覗き込む。フィン、君は今どこにいるんだ?

 僕は向かってドームの左隅から、ゆっくりと視線を動かした。倒れて呻いていたり、明らかに即死だったりと、戦闘不能な警備員の姿が目立つ。


 さっと銃口を右側に巡らせると、フィンの姿が目に入った。


「フィン!」


 思わず叫んだ。フィンは右腕だけで自動小銃を扱っていたのだ。左腕はだらりとぶら下がり、やや出血しているようにも見える。

 今は辛うじて、巨大植物の根元を行ったり来たりして敵の目を欺いている。


「フィン、そこにいてくれよ……!」


 そう念じながら、僕は胸元から手榴弾を取り外した。ピンを抜き、フィンを狙おうとしている敵目がけて勢いよく投擲した。


 手榴弾は、土の上に音もなく落下した。直後、バァン、と弾け飛ぶような音と共に爆発。

 僕は続けざまに、二つ目を少し離れたところに投げつけた。再び響く爆音。舞い上がる土煙。


 それが目くらましになったのを確認し、僕はキャットウォークを駆け下りた。踊り場からは、そのまま飛び降りる。

 地面が土壌になっているところに、膝を屈伸させて衝撃を殺しつつ、着地。

 気づけば、僕はフィンのそばに立っていた。


「アル、今はどんな状態なの?」

「君こそ、怪我の具合は?」

「掠り傷よ」


 僕は軽く頷いてから、トニーに連絡を取ったこととその内容を話した。


「了解、手榴弾の残りは?」

「あと一つだけ」

「じゃあ、あたしのと合わせて二つね。それを駆使して、敵を近づかせないように――」

「ッ! 伏せろ!」


 ピンの外れる軽い音が耳に入り、僕はラリアットをかけるようにしてフィンを押し倒した。ちょうど植物の茎の陰に入ったのが幸いし、軽く背中を熱波に撫でられる程度で済んだ。


 しかし、この距離ではすぐに迫られ、ドームⅡへの侵入を許してしまう。どうしたら――。

 何かないか。自動小銃と手榴弾以外の、何か使えそうなものは。


 背中を茎に押し当て、最後の弾倉を自動小銃に叩き込みながら、僕は周囲を見渡した。

 そして、見つけた。


 ドームⅠのあちこちに、液体肥料の入ったタンクが配されている。植物の種類に合わせ、高さはまちまちだが、上手く使えれば――。


「フィン、君は先に行け」

「な、何⁉」

「僕もすぐに行く。でもここにいるのは危険だ。早く」


 淡々とした口調だったのが、逆に迫力を増したらしい。フィンは大きく頷き、踵を返してドームⅡとの通用路へと駆け出した。

 自らの安全を維持しつつ、その背中を見守る。その時だった。


「……?」


 この異様に明るい戦場で、ギラリ、と凶暴な光が煌めいた。ほんの一瞬のことだ。

 普通なら、自分の見間違いだと思うだろう。気のせいだと言い聞かせるだろう。だが、問題は『何が光を発したのか』ということだ。


 僕の目が確かなら、光を反射して煌めいたのは、フィンの左腕だ。

 血で濡れたから、反射して見えたのか? いや、あの光は、そんな生々しいものではない。

 思い返してみれば、あの光沢はどこか無機質な、金属のようなものではなかったか。


 僕たちが知らなかっただけで、フィンの左腕は義手だったのだろうか? それとも、本当に僕の見間違いだったのだろうか?


 そこまで考え至った時、僕のすぐそばを薙ぎ払うように、自動小銃の弾丸が土を抉っていった。戦闘中だというのに、一体何をボサッとしていたのか。

 しかし、自らを叱咤する時間すら、僕にはなかった。植物の茎の間から、巧みに僕を包囲した警備員たちが、真っ直ぐに狙いをつけていた。


 もし僕が犯罪者なら、武器を捨てて投降するところである。しかし、警備員たちは最初から、投降を呼びかけはしなかった。端から僕たちを殺す気だったのだ。


 これでは、間違いなく殺られる――。そう認識した、まさにその瞬間だった。

 再び僕の視界が真っ赤になったのは。

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