第4話 権利能力は「能力」じゃない!?

 テキスト第一巻貸金業法と同じように、まず解説されていたのは「キャラクター」についてだった。民法という世界の「登場人物」についての解説だ。


「……まぁ、テンプレ展開だよな」


『民法は、法律関係を主に権利と義務という観点から捉えている。この権利および義務の主体となることができる者が『人』である。民法では『人』をさらに『自然人』と『法人』に分けて規定している』


 「法律関係」というのは、経済・社会を構成するさまざまな関係のうち、法の規律や保障を受けるものいう。たとえば、貸金業者が借主との間でおこなう様々な「取引」も法律関係のひとつだ。


 そして、じつは民法の世界において、登場人物は大きく二種類しかいない。


 俺か、オレ以外か……、もとい、自然人と法人である。


 自然人というのは、わたしたち生身の人間のことだ。これに対して、法人は自然人以外で権利および義務を有することが法律の規定によって認められた団体(人の集まり)だと考えておけばよい。たとえば株式会社が、法人のひとつだ(正確には「営利社団法人」という)。


 じつは、「法人」の定義は、民法学者の間でもこれと決まったものがあるワケではないようだ。この点については、後に解説することにしよう。


 ゴウはテキスト第一巻を読んでいたときと同じ要領で、さらさらと内容を確認していく。


「権利能力の始期と終期……。民法の初めの方でやったなぁ」


 ――権利能力

 権利・義務の主体となりうる地位・資格のことである。


 この用語は、民法の世界において所有権や相続権などの民法上の権利を取得したり、義務を負担したりできるヤツは限定されているということを意味する。


 すなわち、その「資格」と「地位」を有していなければならないということだ。


 そして民法は、「人」だけがこの「権利能力」を有すると扱う。さらにいえば、自然人と法人だ。


 次の例題で考えてみよう。


【例題】

 つぎのうち、民法上の「権利能力」を有する者はどれか?

 ①生まれたばかりの赤ん坊 ②黒猫アノン ③母親のお腹のなかにいる赤ちゃん


 正解は①だ。


 「能力」とあるので、どうしても「知能」とか「腕力」、「言語能力」のようなモノを想像してしまうが、そうではない。おそらく、ドイツ語の単語を日本語に翻訳するときに「能力」という言葉を当てたのだろう。実際の中身は、ライセンス(資格)やステータス(地位)のことである。


 いいかえれば、どんなに知能が高く言語を操る賢い猫であっても、民法上は「人」とは扱われない。民法上の権利を得たり義務を負担する資格・地位を持たないからである。

 

 選択肢②の黒猫アノンは、たとえ人の言葉を話しチートスキルを有していても、民法上は「人」とは扱われない。


 問題は選択肢①と③である。


 民法第二章第一節の第三条をみてみよう。


【民法第二章第一節 第三条】

 第二章 人 

 第一節 権利能力

 第三条 第一項 私権の享有は、出生に始まる。

 第二項 外国人は、法令又は条約の規定により禁止される場合を除き、私権を享有する。


 まず、民法上、権利能力を有するのは「人」だと説明されるのは、第二章のタイトルが「人」となっており、そして「第一節権利能力」となっているからである。

 このタイトルから、「人」だけが権利能力を有すると解釈されたワケだ。


 民法三条第一項に注目して欲しい。

 私権の享有は「出生」に始まるとある。つまり、おぎゃーと生まれたときに民法上の「人」と扱われ、民法上の権利を取得したり義務を負担したりする資格を得るということだ。


 したがって【例題】選択肢③のお腹のなかの赤ちゃんは、まだ生まれていないので権利能力を持たない。別の言い方をすれば、お腹のなかの赤ちゃんは物を所有することができない。所有権を取得する資格、「権利能力」を持たないからである。


 じつは民法三条の「出生」について、「では、どの時点で『出生した』と扱うのか?」という論点がある。「権利能力の始期」という話しである。


 しかし、貸金業務取扱主任者試験との関係では重要ではない。


 とりあえず、いまは「胎児の身体が、母胎から完全に出てきた時点」が「出生」の時点だとおさえておけば足りるだろう(全部露出説と呼ばれる)。


 なお、刑法上も「人の始期」という同様の論点がある。民法と異なり、刑法上は「胎児の身体が、母胎から一部露出した時点」で「人」と扱われる(一部露出説と呼ばれる)。


 さて、「権利能力の始期」があるのなら、当然「終わり」、すなわち「権利能力の終期」もある。


 いつか?


 それは、死亡の時点である。

 このため、ご遺体は「人」ではなく「物」と同様に扱われる。「人」は死亡の時点で、それまで持っていた民法上の権利を失い、義務を負担することができなくなるのだ。


 また、ここでも「では、いつ『死亡』したものと扱われるのか?」という論点がある。

 脳死の時点か、心臓死の時点か、呼吸停止の時点かという問題だ。


 が、貸金業務取扱主任者試験との関係では、やはり重要とはいえない論点だ。


 とりあえず、「心臓停止、呼吸停止、瞳孔反応の消失の三徴候から総合的に判断する」とおさえておけばよい(三徴候説とか総合判断説と呼ばれる)。


 これは、実際、人の死に立ち会えばわかる。

 医師は、前記三徴候を確認した後「〇時〇分、ご臨終です」と宣告するはずだ。


 その後、医師から「死亡診断書」が交付されるので、これを持って一週間以内に役所へ行き「死亡届」をしなければならない。


 死亡届をすると「火埋葬許可証」が交付される。火葬するさいに、火葬場の人にこの「火埋葬許可証」を提出する必要がある。


 さて、ゴウはというと、この辺りの事項については少し安堵した様子だ。


「いやぁ、『権利能力の始期』とか、結構、学説が面倒だったんだよな。あれは冗談じゃないわ」


 ……「権利能力の始期」は、相続等に影響する問題なので学説が対立するところなのだ。

 しかし、彼にとってはどうでもよかったらしい。

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