第3話 一般法と特別法
では、一般法の規定と特別法の規定とが異なった要件・解決を定めていた場合、どちらの法律に従わなければならないのか、どちらの法律の条文を適用して紛争解決をするのか。
つぎのケースで考えてみよう。
《ケース》
AはBに自己所有の建物をとくに期間の定めをしないで、賃料一ヶ月五万円で賃貸する旨の契約を締結した。ところが契約締結から半年後、Aは、AB間の建物賃貸借契約について解約を申し入れてきた。Bは、出ていかなければならないのだろうか?
ケースの建物賃貸借契約は、とくに何ら期間を定めないで締結されている点に特徴がある。
しかし、たった半年しか住んでいないのに、契約を解約することなどできるのだろうか?
このような賃貸借契約の解約について民法617条は、つぎのような規定をおいている。
【民法617条】(期間の定めのない賃貸借の解約の申入れ)
第1項 当事者が賃貸借の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合においては、次の各号に掲げる賃貸借は、解約の申入れの日からそれぞれ当該各号に定める期間を経過することによって終了する。
一 土地の賃貸借 一年
二 建物の賃貸借 三箇月
三 動産及び貸席の賃貸借 一日
第2項 収穫の季節がある土地の賃貸借については、その季節の後次の耕作に着手する前に、解約の申入れをしなければならない。
この条文では「各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる」と規定しているから、契約締結から半年しか経過していないとしても、解約の申し入れは可能だ。
また、「申し入れ」とあるが、相手方Bの承諾は不要だとされている。
そして、民法617条1項2号は、建物の賃貸借は、解約の申し入れの日からから三ヶ月経過すると終了するとされている。すると、ケースのAの解約申し入れから三か月後にAB間の賃貸借契約が終了するということになりそうだ。
では民法617条が、解約申し入れ時点ではなく、申し入れの日から三ヶ月後に契約が終了するとしているのは何故だろうか?
その理由は、賃貸借契約における賃貸人および賃借人双方の利益を考慮したからだという。
賃貸借契約が終了すれば、借主は、つぎの住居を探さねばならないし、貸主もつぎの借主を探す必要がある。このため契約終了まで相当の期間が必要だ、ということらしい。
これが立法者の説明だ。
ところが、民法の特別法である借地借家法には、つぎのような規定が存在する。
【借地借家法27条1項】(解約による建物賃貸借の終了)
建物の賃貸人が賃貸借の解約の申入れをした場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から六月を経過することによって終了する。
この規定と、さきに挙げた民法617条を比較してみよう。
いずれの規定も、建物賃貸借契約の解約申入れに関する規定だ。
しかし誰の解約申し入れが適用対象か、解約申入れから何カ月経過すると建物賃貸借契約が終了するかの点で、両者は異なっている。
民法617条は、賃貸人からの解約申入れおよび賃借人からの解約申入れを対象にしていた。
これに対して、借地借家法27条1項は、賃貸人が解約申入れをした場合に対象を限定している。
また、民法617条によれば、建物賃貸借契約は解約申入れから三ヶ月で終了するとしていた。
これに対して、借地借家法27条1項は、解約申入れの日か六ヶ月を経過すると契約が終了すると規定する。
このように、民法の規定と特別法の規定が矛盾・衝突する場合がある。
問題は、この二つの条文の適用関係だ。どちらの規定を適用して解決すべきだろうか?
このことを明らかにするためには、なぜ借地借家法が民法と異なる規定をおいたのかを検討する必要がある。
この点、民法617条の規定の存在かかわらず借地借家法27条の規定がおかれた理由について、つぎのように説明されている。
『借家に投下された資本の利益を倒壊せしめるものとして機能したため、このような特別法による修正で、借家人の資本利益の保障が図られたといわれている」(幾代=広中『新版注釈民法(15)債権(6)』(有斐閣、1989年)306頁〔石外克喜〕)』
……「借家に投下された資本の利益を倒壊」とか「借家人の資本利益の保障」って、どういう意味?と思った人もいるだろう。
その意味については、つぎのように理解しておけばよい。
とくに都市部において住宅供給が不足するようになると、賃貸人と賃借人の力関係が同じではなくなる。住宅難の状況下においては、賃借人は住宅を選べない。他方、賃貸人は、自分にとってより優良な賃借人を選ぶことができ、より自分に有利な契約条件で契約できる。
民法は、一見、賃貸人・賃借人双方の利益を考慮した公平な規定にみえるかもしれない。
しかし民法は、その後の住宅事情まで想定して規定しているわけではなかった。つまり民法は、住宅供給が少ない状況(賃貸物件が少ない)で、賃貸人側の力が強くなってしまい、賃借人の居住権が容易におびやかされる事態まで想定していなかったのだ。
実際、賃貸借契約においてしばしばみられる権利金、礼金、敷引特約(償却特約)、更新料などは、戦後の住宅難の時代に生まれたものといわれている。
こうした賃料以外の金銭を払うことができない人には「ウチの物件は貸さないよ」という賃貸人の強気な姿勢が、契約条件になってあらわれているということだ。
その結果、民法617条も、賃貸人の都合のみで容易に契約を解約できるという規定になってしまった。
そのような事情の下では、賃借人は現在の住居をいつ失うか分からない。
賃貸住宅が少ない状況下では、つぎの住居を探すのも大変だ。それだけではない。さきに述べたように、賃借人は賃料だけでなく入居時に敷金や礼金を賃貸人に差し入れなければならない。
そして賃貸人による解約申入れがあっても、賃借人が入居時に差し入れた金銭は返還されなかった。
したがって、ケースのような賃貸人側の都合による解約の申入れは、賃借人が入居のために投じた費用を無意味なものにしてしまう場合がある。
これが、さきに挙げた借地借家法27条を規定した理由の意味だ。
そこで、借地借家法は27条1項で、賃貸人からの解約申入れの場合に解約申入れ日から六ヶ月と契約終了までの期間を延長した。さらに、つぎのような規定をおいて賃貸人都合の解約を制限している。
【借地借家法28条】(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)
建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。
つまり、賃貸人の方から、建物賃貸借契約を解約するには「正当の事由」が必要だ。これがなければ、解約の申入れすらできない。
以上からわかるのは、借地借家法の規定は民法の規定を適用した場合の不都合を回避して、賃貸人・賃借人間の実質的公平を回復するためにおかれているという点だ。
いいかえれば、借地借家法はより良い法的解決を目指しておかれたということだ。
そうだとすれば、ケースの場合にどちらの規定を適用すればよいかは明らかだ。より妥当な、より良い解決を得られる規定が優先して適用されるべきだ。
つまり、借地借家法27条を適用して解決すべきだ。
したがって、正当な事由があれば、Aの解約申入れの日から六ヶ月を経過することによりAB間の賃貸借契約は終了する。
さて以上の帰結は、見方を変えれば私法の一般法である民法よりも特別法である借地借家法の規定が優先して適用されるということになる。
この原則を「特別法は一般法に優先する」という。
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