第17話 不老大学中央図書館

 オレは、今、不老大中央図書館の自動ドアをくぐり入館ゲートの前に立っている。

 ほんのり、コーヒーの香りが漂っていた。


 入館ゲート前の右手に、スター〇ックスカフェがあるからだろう。

 図書館内にカフェがある事自体、オレには驚愕の事実だ。


 とはいえ、このカフェを頻繁に利用することはないと思う。


 だって、値段が高ぇ。


 オレには、ロー〇ンの百円コーヒーで十分だ。


 入館ゲートの脇のカウンターの方へ歩いて行き、オレは受付の女性に声をかけた。


「すみませーん。ちょっと、お聞きしたいことがあるんですが……」


 少し奥の方にいた女性が、若干、面倒クサそうな表情でこちらへ歩いてきた。


「はい。何でしょう?」


「ここの図書館を利用したいので、利用証の発行をお願いします」


 そう言うと、女性はカウンターの隅に置いてあったA4サイズの「利用申請用紙」を取って、オレの前に差し出した。


「では、これに必要事項を記入して提出してください。……それから、身分証明書などは、本日、お持ちですか?」


「えっと……。おお、あった。あった」


 そう言って、オレは鞄のなかから健康保険証を取り出して見せる。


「保険証を持ってきました」


 すると、女性はオレにボールペンを差し出して「利用申請書」への記入を促した。


 オレは、住所、氏名、電話番号などを記入していく。

 そして、最後の記入欄に戸惑った。例のアレだ。


「あ、あの、この『研究テーマ』って、何をどう書けばいいんですか?」


 と、女性に尋ねた。


「研究テーマや、調査テーマのない本館の利用はお断りしております。出来るだけ具体的に記入してください」


「……」


 どうしよう? 研究テーマ? 困ったな……。

 う、ウソを書くワケにもいかないし……。


 額に脂汗が滲んできた。


 すると、女性はオレの方に顔を近づけてコソッと囁いた。


「別に何でもいいんですよ。勉強したい科目があるなら、その一部をそれらしく記入すればいいんです」


 オレは、大袈裟に考えていたようだ。「研究テーマ」というから、もっと仰々しいモノを想像していた。


「か、『貸金業法の研究』とかでもいいですか?」


 おそるおそる尋ねてみる。女性はクスッと笑って答えた。


「いいと思いますよ」


 なんとっ! とりあえず、テーマがはっきりしていれば良いみたいだ。


 それを聞いて安心したオレは、「研究テーマ」の欄に『貸金業法における総量規制の研究』と余計な単語まで付け足して記入した。


 そして、女性に利用申請書と身分証明書を提示する。


「では、利用申請書と身分証明書をお預かりしますね。すぐにお返しいたしますので、しばらくお待ちください」


 彼女は奥の部屋へと入って行った。

 しばらくすると彼女がまたオレの方に来て「お待たせしました」と、健康保険証を返してくれた。


「利用証のお渡しは、当館でおこないますので、来週、またお越しください」


 ……どうやら、その場ですぐに利用証をもらえるワケではないらしい。


 オレは、とりあえず「ありがとうございました」と言って、図書館を出た。


 利用申請したはいいものの、今日は、どうしよう?

 困ったな。


 仕方がないので、不老大の構内をしばらく散歩することにした。


 オレの母校と違い、不老大の大学構内はちょっと不思議なカンジだ。

 普通の学生や教職員はもちろん、その他にも家族連れ、留学生もたくさん歩いている。図書館の前で、ハト・スズメにエサをやっている人もいた。


 オレの母校では、家族連れなんてほとんど見なかった。留学生も大体アジア系だった。


 ところが不老大では、アジア系はもちろんヨーロッパからの留学生や研究者と思しき人達がたくさん歩いている。知らない言語が飛び交っている。

 中学から大学まで一〇年は勉強した英語ですら、ほとんど聴き取れないが……。


 オレはぶらぶらしながら、大学構内にファミ〇があることを確認してちょっと感心したり、書店に立ち寄って並んでいる専門書の品揃えに仰天したり、夕飯時でも開いている食堂がある事に感動したりしていた。


 しかし流石に敷地が広大過ぎて、全部見て回るのが億劫になった。

 オレが見て回ったのは、これでも四分の一くらい。


 道路を挟んで向こう側に建つ、講堂の方は見ていない。

 医学部などがある敷地だが、あちらの方に特に用はない。

 今後も行くことは、まずないだろう。


 ……とりあえず用事は終わったし、もう帰るか。


 そのまま、オレは地下鉄不老大学駅へと歩く。


 不老大学中央図書館利用証を受け取るのは来週。

 それまでは、自宅でなんとか頑張ってみよう。


 こうしてオレは、勉強する場所を確保した。

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