第2章 全体像をつかめⅡ―民法が基本だ

第1話 テキスト第二巻

 地下鉄名城線不老大学駅から本山駅で地下鉄東山線に乗り換えて池下駅で降りたオレは、駅前にあるコ〇ダ珈琲店へ立ち寄った。

 そう頻繁に立ち寄る店ではないが、図書館利用手続が思いのほか上手くいったので気が大きくなっていた。


 カランカランコロンとドアベルが鳴る。

 

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


 オレは、店員に促されて席に着く。


 赤レンガの外壁に漆喰をモチーフにしたという内壁、木材をふんだんに使った天井。安定感のある大きめの赤いソファーと分厚い木のテーブル。それらが一体となって「柔らかな空間」を作り出している。ゆったりと寛げる喫茶店だ。


 ここでは、いつも「アイスオーレ」と「ミックスサンド」を注文する。


 「アイスオーレ」というのは、アイスカフェオレのことだ。ときどき別の喫茶店へ行くと、うっかり「アイスオーレ下さい」と注文してしまうほど気に入っている。


 ミックスサンドは、ロースハムの他タマゴとレタス、キュウリのサンドイッチ。たっぷりのタマゴとたっぷりの野菜に、ぴりっとした辛子マヨネーズがアクセントになっている。

 

 この店の「みそカツパン」もおススメだが、値段がお高いので今日はやめておく。揚げたてサクサクのカツに濃厚みそダレが絶妙に合う特製サンドだ。


 オレはサンドイッチに齧り付き、もきゅもきゅと咀嚼しながらストローに口をつけてアイスオーレを流し込む。

 

 ――図書館利用証を受け取るのは来週か。それまで、どうすっかなー。


 などと宙を見て考えながらサンドイッチを頬張り、ちうううっとアイスオーレを口にする。


 ――テキスト第一巻は読み終えたし、つぎは第二巻か……。うーん。家に戻ってから計画を見直してみないとなー。それからだなー。


 ミックスサンドを食べ終わりアイスオレを飲み干すと、レシートを持ってレジへと向かった。会計を済ませて店を出ると、オレは家へと向かって歩き出した。


 帰宅して部屋へと入る。


 オレは、ベッドにダイブした。


 ベッドでゴロゴロしながら、天井を眺めていた。

 来週までどう過ごすか、うだうだ無駄な思考を巡らせる。


 ――うーん。来週まで何もしないワケにはいかないし、とりあえずテキストの第二巻に取りかかろう。なんとか、来週までに一通り読了できるといいんだけどな。


 オレは、ベッドから出て机に向かいテキスト第二巻を開いた。

 まず、目次と総ページ数を確認する。


 テキスト第二巻『貸付けおよび貸付に付随する取引に関する法令・実務』

 全七章。総ページ数三二〇頁……。


 まぁまぁの分量だ。


 その内容は、つぎのとおり。


 第一章 契約に関する民法の一般ルールと金銭消費貸借契約

 第二章 物権と債権

 第三章 債権の管理・回収

 第四章 法的債権回収手続

 第五章 倒産手続

 第六章 手形小切手法および電子記録債権

 第七章 貸金業に関する刑事法


 第一章から第三章までは「民法」の話が中心で第四章と第五章は民事訴訟法や民事執行法などの「手続法」と呼ばれる分野が中心だった。


「手続法」というのは、「実体法」の運用手続についての法律の総称だ。民事訴訟法や刑事訴訟法などがこれに含まれる。そして権利義務の発生・変更・消滅の要件など法律関係について規律する法律を総称して「実体法」という。たとえば、民法や商法、刑法などがこのグループに入る。


 オレは、じりじりと額が焦げ付くような感覚に襲われた。


 民法や手形小切手法はまだいい。大学で勉強したことがある。

 しかし民事訴訟法、民事執行法、破産法、民事再生法等の倒産処理手続、犯罪収益移転防止法といった法律まで出題範囲となっている。


 ……破産法? 民事執行法? 大学で講義も受けてねぇよ!


 じつは、破産法どころか民事訴訟法すら、どんな法律なのか知らない。勉強したことがない。

 大学で自分の興味よりも「単位を取りやすい」科目ばかり履修してきたということもある。これらの法律科目の単位を取らなくても卒業できた。


 けれども、民事訴訟法や破産法の単位を取らなかったのには、もうひとつ理由がある。

 

 オレの母校、木偶根大学の民事訴訟法・破産法の教授に、ものすごく「変わった人」がいた。


 ウワサで聞いたところによると、定期テストではありえない問題が毎学期出題されていたという。たとえば「日本のミステリーサークルについて論ぜよ」とか「ピカチュウの生態について説明せよ」など。


 ……民事訴訟法や破産法と、いったいなんの関係があるのかさっぱりだ。


 そんなのは流石にゴメンだというワケで、オレは大学で民事訴訟法や破産法の講義を取っていない。


 だからだろうか、貸金業取扱主任者試験の出題範囲と知っても「大学で講義取っておけば……」と後悔もできない状況だ。


 つぎに、この分野からの出題数を確認する。


 五〇問中一五題。


 全体の30%がこの分野からの出題。貸金業法を除けば、かなり重要な分野ということになる。

 範囲も広いうえに、気の抜けない分野。


 民事訴訟法、民事執行法、破産法、民事再生法……。

 不安はあるが、やらないワケにはいかない。

 やるしかない。


「っし! 読むか」


 そう言って、オレは気合を入れてテキスト第二巻を読み始めた。

 

 しかし、すぐにオレは、想定外の事態に陥ったのだった。

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