第16話 親父のひとこと

「ふぃーっ。いやー、昨日は、めちゃ勉強したわ。一日でテキスト一冊読み終えるとか、自己新記録じゃね!?」


 オレは、テキスト第一巻をぱらららっと捲りながら、これまでにない達成感に満たされていた。


 法律の基本書はもちろん、かつて勉強した宅建士のテキストも一日で読み終えたことなどなかったからだ。


 なかには、ほんの一〇頁ほど読んで挫折したものもある。


 宅建士のテキスト、過去問集だって試験日までに一通り終えるのがやっとだった。


 それに比べたら、かつてない集中力とスピードで読み終えた。


 たぶん、人生最速だと思う。


 すっかり気を良くしたオレは、ゲームしたり、ベッドでごろごろしながらYouTubeを観て馬鹿笑いしていた。


 昨日、あれだけ頑張ったのだから、今日一日くらい遊んだっていいだろう。


 そう思った。


 あっという間に、今日という一日が終わる。気が付くと、夕暮れ時だった。


 ぼーっと、ネットを見ていると、


「ゴウ。夕飯だぞ」


 と、親父が呼びに来た。


 オレは、とりあえずPCをシャットダウンしてダイニングへ向かう。


 すでにダイニングのテーブルについていた親父がオレの方を見て、なにか言いたそうな顔をしている。


 今日の夕食は、鶏のから揚げ、サラダ、ご飯、みそ汁。


 オレが椅子に座ると、お母んが「はい、どうぞ」と冷えたグラスをオレと親父の前に差し出す。親父は、オレのグラスにビールを注いでくれた。


「ゴウ。昨日は、頑張って勉強していたみたいだな」


「ん? ああ」


 そう返事をしてオレは親父からビール瓶を受け取ると、親父のグラスにビールを注いだ。


「うおっとっと……」


 親父は、ビールがぶわーっと溢れそうになったのを見ると、慌ててグラスに口をつけた。


「で、今日は、何をしていた?」


 その言葉に、オレはドキッとした。


 今日、オレは何をしていた?

 ごろごろしながらゲームして、YouTube観て、ネット見て……。

 そして、もう夕飯だ。


「今日、お前は、何を得た?」


「……」


 何も得ていない。ごろごろダラダラして、たまに馬鹿笑いしていただけだ。


 親父はビールを飲み干すと、手酌で自分のグラスにビールを注ぐ。

 そしてビール瓶を置くと、オレの方に視線を向けた。


「昔からそうだったが、お前は、日中、家で勉強できるタイプじゃない。図書館とか利用してみるといいんじゃないか?」


 図書館……。家から近いのは、千種ちくさ図書館か鶴舞つるま中央図書館かな。


 千種図書館なら、地下鉄東山線東山公園駅または星ヶ丘駅から東山通りを歩いて行けばあったような? 利用したことがないので分かんねぇ。


 鶴舞中央図書館は、JR中央線鶴舞駅で降りて鶴舞公園のなかにあったかな? 

 一回だけ利用したことがあるが、よく覚えてねぇ。

 こちらはたしか、二〇時頃まで開いていたような?


「不老大の図書館なら、二二時まで開館しているぞ」


 不老大? 二二時まで開館している!?

 やべぇな。


 ちなみにオレの母校、木偶根大の図書館は、一八時で閉館してしまう。


 夕食を食べ終わって、部屋に戻り「不老大学附属図書館」の利用案内をネットで調べてみることにした。



『ご利用について

 不老大学附属図書館中央図書館は、学術にかかわる学習・研究を目的とし、当館所蔵資料を利用される場合、学外の方も利用することができます。

 ※受験勉強のための座席の利用等、施設のみの利用はできませんのでご注意ください。

 幼いお子様を連れての利用はご遠慮ください。

 七月~八月および一月~二月は本学試験期対応期間中のため、この期間を避けてご利用ください。

 一般の図書館利用者向けの駐車場はご用意していません。公共交通機関をご利用ください 。

 一般の方が学習・研究又は調査テーマを持って、継続して三ヶ月以上にわたり中央図書館の資料を利用される場合は、登録によりカード(中央図書館利用証)の発行ができます。』


 ……とりあえず、学外者の利用も可能らしい。

 しかし、受験勉強目的の利用はお断り。


 そして、利用するには「中央図書館利用証」の発行を受けなければならない。

「中央図書館利用証」の発行を受けるには、つぎの申請条件を満たさなければならないようだ。



『カード(中央図書館利用証)の発行

 申請に必要な条件

 学術にかかわる学習・研究または調査テーマをもっていること

 継続して三ヶ月以上中央図書館の資料を利用すること

 他大学等の学部学生・大学院学生(非正規学生を含む)、専門・各種学校生、高校以下の生徒、浪人生、予備校生、受験生ではない。(放送大学・通信制大学学生のみ発行可)』


 不老大学以外の大学生・大学院生などは利用できない。

 オレは、すでに大学を卒業しているので、そこは大丈夫だ。


 問題は、「学術に関わる学習・研究または調査テーマをもっていること」という条件。


 ちょっと、どういう意味か分からない。とりあえず、学術に関わるのであればいいのだろうか?

 たとえば、「貸金業法の研究」とか?


「うーん。ここは、直接聞いてみるしかないかな……」


 そして「中央図書館利用証」の発行手続には、交付申請書および身分証明書などの書類を提出する必要がある。


 翌日、オレは健康保険証を持って、不老大学附属図書館へ向かった。

 地下鉄東山線本山駅から地下鉄名城線に乗り換えて、不老大学駅で降りる。


 昔は、地下鉄本山駅から、「四谷通」の長い坂道を登って行かなければならなかったそうだ。

 途中、「桃厳寺」という織田信秀を弔うために建立されたお寺がある。

 緑すぎる名古屋大仏、直径1mもある日本一大きい木魚、年に二回開帳されるセクシー「ねむり辨天」像などが有名だ。


 地下鉄の出入り口から、カラスやハトがぷりっと落とす「爆弾」に気をつけながらクスノキの並木を抜けて、不老大学附属図書館に到着。


 開館しているのを確認すると、深呼吸をして図書館入口の自動ドアの前に立った。

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