第4話 叫び声

 連れて来られた部屋は、書類の山と本棚には本やらファイルがびっしりと収納されており、さながら執務室となっていた。

「……とりあえず、ここに座れ。状況説明と……言い訳を聞こうか」

 バークスに促され、三人は置いてある長椅子に並んで座らされていた。妙な緊張感が走るが、特に言われることはなかった。

「さて……嬢ちゃんは初めて見る顔だから、自己紹介をしておこうか。俺の名前はバークス・ボイド、今はこのギルドの取りまとめを行っている。」

「それじゃあ、僕も自己紹介が必要かな?……始めまして、カイ・シュナイダーです。虚のことで何かあったら気軽に聞いてね。」

 和気あいあいとした雰囲気が漂っていたが、バークスが口を開くのと同時に感じられた怒気で、一瞬で空気が凍りついた。

「では……言い訳を聞こうか」



「はぁ……まったく、少しは静かに過ごすことは出来んのか!俺らだって常にお前を守れるわけでは無いんだぞ……傷害沙汰にならないように気をつけろ。まったく……怒る気も失せてしまった。次から依頼を受けたい時は、俺のところに来い」

 リィンの記憶喪失からギルド内でのいざこざまで、ある程度省きながら説明されたが、バークスは終始頭を抱えながら口を開いた。

「はい、その……助けてくれてありがとうございました。それとリィンも僕のせいで迷惑を掛けてしまった……ごめん」

「ううん、怪我も無かったから気にしてないよ」


 その様子を唖然として見る二人……理解が追いつかないリィンと物珍しそうに伺う虚だったが―――

「「そ、虚が素直に謝っている……」」

 開口一番に聞かれたのはなんとも失礼な一言だったが、表情は変わることはなく、俯きながら黙り込んでしまった。

「あ、いや……すまんな、予想外だったものでつい……な。ともかく、反省しているなら次からは気をつけろ。カイは……虚と同様に厄介事を起こさないように……特にスライとな」

 カイに忠告は向いていたが、当の本人は全く気にせずになんとも軽い返事で流されてしまった。

「あ、はい……分かりました、次からは気をつけます。それと、今日中に採取系の依頼を一件見繕って欲しいんだけど、頼めますか?」

 それは虚もまた同様で慌てた弁明もさらっと流れてしまい、しょんぼりしながら受付に連絡しておく――と一言伝え、退席を促した。



「……あぁ、そうだ。リィンさんにはもう少し話があるから、残っていて欲しい」

 三人で部屋を出ようとした時、思いついたかのように声が掛かった。何用かは見当が付かずに三人は顔を見合わせるが、すぐ終わるから出てもらって大丈夫だと言われ、虚とカイは納得する。

「……分かりました。では、僕は博士の研究所でさっきの怪我を診てもらってますね」

「それじゃあ、僕は失礼させてもらいますね……あ!虚には後で頼んでた物を取りに行くからよろしくね〜」

「……夕方には家に戻ると思うから、その頃に訪ねてくれると助かるよ」


 元気な返事をしながら二人は部屋から出ていってしまった。これ以上何の話があるのか……戸惑っているのを横目に再び話が始まる。

「別に大した話では無いんだ……リィンさんにはお願いがあってね。今後とも虚と一緒にいてはくれないか?」

 何故、バークスがそこまで虚のことを気にかけているのか……どうして周囲からあんなにも嫌われ、『忌み子』などと呼ばれているのか……


「あの……どうして虚のことをそんなに気にかけているんですか?」


 ――知りたい


 好奇心から思わず質問が飛ぶ……だが返答は歯切れが悪く、求めていたモノでは無かった。


「あぁ……それは、5年前の事件がきっかけなんだ。詳しく聞かせたいが、この件に関してはクロニクルから禁止事項とされていてね……すまないが話すことはできない」

 その申し訳なさの表情の中に、何処か成長を見守る父の姿が重なった……心配していることに変わりはないのだろう。

「別にリィンさんを信用していない訳ではないよ。俺だってあいつに救われた身だ……例えどんなに蔑まれようとも虚の行動は正しいと思ってる。それに最近は事件の概要も知らずに良からぬ噂を吹聴する輩もいる……だからこそ、虚の側に居て一緒に困難に立ち向かってほしいと思ってる……どうだろうか?」


 バークスはただ真っ直ぐに、こちらを見ていた……リィンの心の中はずっとモヤモヤしていたが、博士の研究所で見た虚を思い出し、決心する。


「……はい!虚と一緒に私自身のことを探してみたいと思います!」


 自分では力になれることは少ないのかもしれない。それでも、助けてくれた虚のために出来ることもしていきたい――そう、強く願った。



「はぁーい!開いてるわよぉ。」

 ノックの後に元気な返事が聞こえ、再び博士の研究所に入ると虚の診察も丁度終わったところだった。バークスからの話について聞かれたが、『虚と一緒に居てほしいとお願いされた』と言われ、気まずそうに頭をかいていた。


「……そろそろ、お話してもよろしいでしょうか?」


「――ひゃあっ!?」

 誰も居ないと思っていた後ろから唐突に声を掛けられ、間の抜けた悲鳴が上がる。後ろを振り向くと、サーシャと同じ受付の服を着た女性が静かに立っていた。

「うわぁ……びっくりした。」


「……申し訳ありません。話が落ち着いた所で声を掛けたつもりだったのですが、驚かせてしまって申し訳ありません。改めまして虚様とリィン様ですね?お初にお目にかかります、リーシャと申します。お話しはバークス様と妹のサーシャより伺っています。依頼の方をいくつかお持ちしましたので、確認していただければと思います。」

 どうやらギルドの受付嬢サーシャの姉らしい。私の研究所――と呟く博士をよそに、リーシャは研究所に入ると机の上にいくつかの依頼書を並べていった。


『薬草の採取』、『解毒剤に必要な材料を集めています』、『観賞用の月見草つきみそうの採取のお願い』などの依頼を虚は一通り確認するが、どの依頼も同じくらいの難易度だった。

「この中でおすすめはありますか?」

「……それでしたらこちらの依頼がよろしいかと。採取場所まで近いですし、比較的獣の数も少ないと思います」



『〜回復薬の材料の採取〜』

 依頼者:エリアス=ノーマン

 内容:回復薬の調合に必要な薬草と清水せいすいの納品

    最近、手合わせによる戦闘訓練が多くなり、簡易治療用の回復

    薬の在庫が不足しています。回復薬の調合素材である薬草と清

    水の納品をお願いします。

 報酬:1000G(薬草と清水の納品数に応じて増額あり)



「この依頼ならば、最適かと思います。」

 おすすめで提示された依頼は納品しやすく、報酬金額も割高になっていた。この依頼ならばリィンの初依頼にはちょうど良かった。

「それじゃあ、この依頼でお願いします」

 特に異論が上がることはなく、提示した依頼でお願いするとリーシャはどこかホッとしたような表情をした。

「あの……どうかしました?」

「いえ、無事に仕事をこなせて安心しただけです。では、この依頼を受理じゅりということで手続き致します……失礼しました。」

 そのまま一礼をして依頼書をリィンに手渡すと、嵐が過ぎ去ったように静かになっていた。

「……とりあえず、依頼書も受け取ったし行こうか」

 再び博士にお礼を言うと、薬草採取をするため近くの森へと向かって行った。



 〜リブラ・クロニクル近辺 ラグレアの森〜

 リブラ・クロニクル西方にある龍の伝承が色濃く残る地“ドラグ・クロニクル”――その半ばにある森に二人は足を運んでいた。ここは獣の数が少ないことに加え薬草が豊富ほうふに自生しており、近くの川には清水も流れていた。そのため回復薬の調合素材ちょうごうそざいを求めて、ギルド員から近くの住民まで様々な人がこの森を行き来していた。


 無事に薬草の群生地へとたどり着いたリィンは、虚に手伝ってもらいながら薬草の採取と清水を汲み、手早く依頼をこなしていった。

「うん、とりあえず納品分は揃ったね……お疲れ様」

「教えてくれてありがとう!でも、採取する人も来るって言ってたけど静かなんだね……いつもこんな感じなの?それとも、他の場所はあるの?」



「いや、道中に生えている所もあるけど群生地はここしかないし、普段ならこの時間帯に人の気配がしないのは不自然だ……もしかしたら、獣が近くにいるのかもしれないし、気をつけて戻ろう」


 忠告に頷くと虚は周囲を警戒しながら整備された道へと戻り、来た方向へと戻り始めた時だった。



 ―――キャァァァァァァッ!


 その刹那せつな、女性の甲高い悲鳴が森の中に木霊こだました。悲鳴は虚とリィンの近くから聞こえてきた。

「い、今のは――?」

「静かに……なにかあったのかもしれない」

 周囲を確認していると、数匹の狼にジリジリと木陰に追い詰められている女性を発見した。

「あの人殺されちゃう!助けないと――」

 助けようと飛び出した所を虚に静止された。見ると、左目が光っており何かを目視していた。


「いや……ここで死ぬのがあの人の運命さだめだから、放っておいても大丈夫だよ」


「え……どう、して?」

 放たれた言葉にリィンは衝撃を隠せず何故?どうして?…疑問が絶えないまま、虚は話を進めていった。


「あの人の魂に刻まれている輪廻の書は『赤コートの少女』――最期は狼に喰われて死ぬ運命になっている。それに、その通りにならないと……」

「……っ!?運命に従って生きることが、本当に幸せなことなの?」


 ――理解が出来なかった

「――そうだよ。この世界の人はね、輪廻の書の通りにしか生きられないんだよ。それに……」

 途中から虚の話が耳に入ってこなくなっていた。輪廻の書の内容が大事?では……気まぐれで自分は助けられたのか?いや、虚はあの時本当に心配してくれていた……簡単に人を見捨てたりはしない――疑問と否定で頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

「それでも、助けちゃだめな理由には……ならない!」


 気づけば、静止を振り切って襲われている女性の元まで駆け出していた。

 

「……っ!ダメだ。待って、リィン!」


 

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