第3話 喧騒

「自分がここにいる理由を知りたいんです。だから……お願いします、私に力を貸してください!」

 リィンは一切迷うことなく答えた。予想通りの答えが返り、納得した博士はニコニコしながらリィンの元へと近づいていき、ガシッとにしていく。

「え……?」

「準備してくるから、虚はここで待っててねぇ」

 訳も分からないまま引きずられそうになり、思わず振りほどこうとするが、ピクリとも動かなかった。

「あ、あの……そ、虚……!」

 訳が分からずに怖くなり、助けを求めて伸ばした手は空を切ってしまい……しっかり準備してきて――と叫びも虚しくズルズルと部屋の奥へと引きずられていった。



「あの、これ……肌見えすぎじゃないですか……?」

「そんなことないわよ!予想通り可愛いわぁ〜」

 一通り準備を終え、待機していた虚に声を掛けて確認してもらう。それは白を基調としたコートにショートパンツとブーツとなっており、『カタナ』を腰に差していた。


「コートとショートパンツは“ロスタムの伝承”にカタナはヘパイストスと千子村正の合作か……うん、似合ってるんじゃないかな」

「あ!ちょっとぉ……なんで先に言っちゃうのよぉ……」

 残念そうな声を上げる博士を余所に、バッサリと装備品の説明を終わらせていった。


「大丈夫ですか……?」

「気にしないでいいわよぉ……私の楽しみが奪われただけだから」

「いや、収集家コレクターの博士が喋りだしたら止まらないでしょ……」

「まあ、次こそは説明させてもらうからいいわよぉ……それより、準備は終わったから早くギルドの用事を済ませて来なさい」

 やや恨みの籠もった眼差しを向けられ虚は頭をかいていたが、博士はクスッと笑いながら冗談交じりに話が続き、二人を送り出した。


「……気をつけて行ってらっしゃい」

 一人になった部屋には優しい見送りの言葉だけが響いていた。



「さて……始めに説明しておくと、“ギルド”の役割は大きく分けて他世界の観測、輪廻の書の作成・回収とその他雑務全般の3つを担う。その中でも誰でも仕事ができる雑務全般に必要な身分証明の書類を作ってもらう訳だけど、守ってほしい約束があるんだ。」


 ギルドロビーへ向かう階段を登りながら真剣な顔で語り始める。殆ど知らないリィンは聞き逃すまいと聞き耳を立てていた。

「うん、分かった……それで、その約束って何なの?」

「――この世界の事情にあまり突っ込みすぎないこと、そして僕のことは気にしないで欲しい……この2つだけ。この世界の事情ってのは、また必要な時に説明するよ。そして、僕のことは……実際に見てもらった方が早いかな」

 虚から告げられた“約束”は意味が分からなかったが、ギルドロビーで広がっていた光景を見て、リィンは徐々にその意味を理解した。


 周囲からの嫌悪感を含んだ眼差し、絶え間なくわざと聞こえるように話される陰口――とても人が受けるような扱いではなかった。


「そ、虚……いくら何でもこれは――!」

「約束――何も気にしないで付いてきてくれ」

 だが、虚は表情一つ変える事なく何事も無かったかのようにカウンターまで進んでいく。明らかに異様な雰囲気であったが、言い返したい気持ちを堪えて黙って付いて行った。


「あっ!虚さん……ここに来たということは、遂に私とい引きする気になったんですね!」

「……いや、要件は後ろにいるリィンの登録だけなんだ。だから、その……からかうのは止してくれないか。毎回言ってるけど、サーシャさんなら僕よりもいい人が見つけられるよ」

 しかし、そんなギルド全体の雰囲気とは裏腹に、受付をしているのは周囲の空気感に似合わない“サーシャ”と呼ばれる女性だった。その人目を気にしない積極的なアプローチも、軽くあしらわれている姿にリィンの心は揺れ動き、何故か落ち着かなかった。

(私……なんで……?)

「分かりました……今日のところは諦めま――って、ええ!?虚さんが……女性を連れている!?ま、まさか……私に内緒で!?」

 その答えは出ないまま、サーシャの勘違いはどんどん止まらずに進んでいってしまい、置いてきぼりになってしまう。

「何故、そうなる……そもそも僕は――」



「ええ、そうですねぇ……“《あなた忌み子》”を好きになるような人はいませんからねぇ。そうでしょう――“再編者ネクロマンサー”?」

 ――それは唐突に響いた。明らかに周囲に聞こえるように話した一声は、ギルド内の空気は更に冷え切った。声の主はいかにも陰湿な雰囲気の男―――笑顔の奥にある明確な敵意を感じたが、相変わらず虚は表情一つ変えることはない。

「やあ、久しぶりだね。僕はただ彼女のギルドカードの登録と、依頼の受注をお願いしに来ただけなんだけど……一体、何の用だい?スライ・グライフ」


「――その依頼は、これですか?」


 スライ・グライフの発言に虚が一切否定しないと見ると、下卑た笑みを浮かべながら依頼書を掲げて話を続ける。

「……依頼内容が気になったんだけど、僕が受けることがそんなに気いらないのかい?」

「ふん、勘違いしないで頂きたい……であるあなたに、人助けの依頼なんて似合いませんからねぇ。大人しく役割である物書きでもしていたら如何です?」

 わざとらしい物言いで嘲笑ちょうしょうと冷めた視線が更に増し、野次馬が一層集まってくる。

「ねぇ……虚が人殺しってどういう――」

「……まあ、リィンの登録終わったら帰るからもう少し待っててよ」

 リィンの頭に疑問ばかりが浮かんで戸惑う中、品定めをするかのような視線を向けられ、ビクリと驚く。

「リィン……ああ、あなたが道端で拾われた麗しい令嬢ですか。なるほどなるほど……でしたら、私が初回の依頼まで面倒を見ましょう」

 妙案が浮かんだとばかりにニヤニヤと笑いながら、ゆっくりと近づいていく。どうしたら良いか――虚は思案しながら横目に見るが、リィンは変わらずカタカタと小刻みに震えて動けずにいた。

「今日のところは引いてくれないか……リィンが怖がって――」


 ――パアァァァン!


 スライから身を守るように立ち、伸ばそうとしている手を弾いたが、自分の思い通りにいかなかった事が癇に障ったのか、話を遮るように放たれた裏拳は虚の右頬に命中し、うめき声を上げて後方に倒れていく。

「あなたに用はないんですよ……!」


 あまりの出来事にリィンは睨み返すが反省の色は一切見られず、更に抜刀しながらゆっくりと近づいてきていた。野次馬の騒ぎは一層大きくなるが、誰一人として助けようとしない……手足の震えを押し殺しながら虚を庇うように前に出るが、振りかざされた剣は止まらず、思わず目を瞑る――



 ――キィィィィィィィン……!



 聞こえるはずの無い甲高い金属音が響き渡る――目を開けると、振り下ろされた剣戟けんげきはリィンに届くことなく、何かに阻まれる形で宙で止まっていた。

(え……?)

「……あまり虚をいじめちゃあ駄目だよ?もし、次もやるようなら……殺るよ?」

 スライ以外に誰もいないはずの場所から声が聞こえ、徐々に声の正体が姿を表した。

「カイか……その、助かった」


 カイ・シュナイダー……そう呼ばれた男は短剣一つで対峙しており、リィン含めた野次馬も状況が理解出来ず、ざわめきだしていた。

「スライ!また、お前か!」

 だが、ざわめき出したのも束の間、壮年そうねんの男からの怒号により、再び静寂を取り戻していた。


「カイ……それに、バークス・ボイド……!また、あなた達ですか」

「スライ……!あれほどギルドで揉め事を起こすなと忠告したはずだぞ!今回は一週間の謹慎処分きんしんしょぶんとギルドへの立ち入り禁止だ……さっさと出ていけ!」

 バークス・ボイドはスライに対して罰則を与えると、強制退去を催促さいそくする。

「ちっ……まあ、今回はいいでしょう。虚……次にあった時には必ず……!」

 よほど罰則が不服だったのか、スライは依頼を横取りすると、睨みつけるように出口へと向かっていく。

「さて……虚とカイ、あと嬢ちゃんには話があるから、大人しく付いて来い」

 騒動が落ち着いた所で、リィン達三人は声を掛けて来たバークスに大人しく付いて行くのだった。

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