咲いて、割いて、裂いて

紙源

第1話 咲き誇る彼岸花



 地獄に落ちた青年は目の前の所業を眺めている。

 目の前では、中年の男性が複数の鬼達により袋叩きを受けていようだ。

 筋骨隆々な鬼達の拳骨は中年の男を殴り上げ、血飛沫により辺りは真っ赤に染まっていた。

 通常であれば致死量の血を吐き出している中年の男は微かにだが息をしている。


 それもそもはず、此処は地獄であり地獄では死ぬことは決してないのだから。

 現世で死に絶え、それまでの所業で地獄へ落ちて来ている者達に死ぬことなど許されていない。

 しかし、この青年が地獄に落ちたのは死んだからでは無い。

 青年は死地を生き抜き、敢えて地獄へ落ちているのだ。


 青年はこれまで何回も地獄へ落ちた事がある。

 幼少の頃、一家心中しようとした両親の魔の手から奇跡的に逃げ出した時偶々地獄へ落ちた。

 地獄では両親が鬼達の手により生きながら燻製にされているのを見ていた。

 

 小学生の頃、女子に性的嫌がらせを行っている教師を発見し殺されかけた。

 その教師は殺そうとした際、足を滑らせ自身の凶器で頭蓋を割った。

 そして、何故か小学生だった青年も地獄へ落ちて行った。

 二度目の地獄に落ちた際、教師は無数の子鬼達により身体を貪り食われていた。


 中学生の頃、自身をイジメていたクラスメイト達が修学旅行のバス横転で死に絶えた。

 自身は燃え盛るバスより必死に這い出た後、後ろを振り返るとバスは大きな音と共に爆発した。

 そして、中学生だった青年は初めて意図的に地獄へと落ちた。

 三度目の地獄では、クラスメイトは縄で柱に縛られ誰からも無視されていた。


 高校生の頃、気の良い友達が高校生だった青年を庇って死んだ。

 トラックに轢かれ原型が変形した友達を見て、青年は地獄へ落ちた。

 地獄に友達はおらず、鬼達は暇を持て余していた。


 大学生の頃、好きな子に悪い先輩が付き纏っていた。

 悪い先輩を挑発し、殴りかからせた。

 悪い先輩は唐突に足を挫き、頭から階段を落ちていった。

 そして、青年は地獄へ落ちた。

 地獄では、悪い先輩を四方から鬼達が引っ張り引き千切ろうとしていた。


 青年は社会人になり、飲み会の後タクシーで帰宅していた。

 ふと、タクシーの運転手を見た時青年の酔いは冷めていった。

 高校生の時、友達を轢いたトラックの運転手がそこに居たのだ。


 踏切でタクシーが停止した際、青年は運転手に轢き逃げの事を聞いた。

 運転手は初め冗談だろうと誤魔化していたが次第に顔つきが変わっていった。

 青年は安堵した。

 運転手が悪い顔をしているからだ。


 電車が近くへ迫って来た。

 運転手は唐突にアクセルを踏み込んだ。

 タクシーは踏切へ突っ込み電車に轢かれる形となった。

 微妙に運転席を前へ出し、後部座先にいる青年を確実に殺そうとしているようだ。


 それを、青年は踏切前から眺めていた。


 運転手がアクセルを踏む少し前に、運転手は間違えて後部座席のドアを開けていたのだ。

 焦っている運転手はその事に最後まで気付かなかった。

 青年はドアから外に出て運転手がタクシー諸共粉微塵になるのを眺めていた。


 青年は地獄へ落ちた。

 タクシーの運転手だった、中年の男は鬼達に殴られ続け血反吐を吐いている。

 その所業を眺めていると頭上より呆れた溜息が聞こえた。

 天より一本の縄が下ろされる。

 ご丁寧にも縄の先端には乗りやすいように椅子が括り付けられている。

 青年はいつものように椅子に乗り現世へ戻って行った。


 青年は、今日も明日も明後日も生き続ける。


 生まれ変わったら、青年は彼岸花に成りたい。

 

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咲いて、割いて、裂いて 紙源 @Shigemithu

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