7-3 留置所
奈良は自分の勤める影山興産がクリアランスレベル以下放射性廃棄物の不法投棄に手を染めていたことを供述した。奈良はマニフェストの偽造を手がけており、影山徳治からの信頼も厚かったと自負していることも告げた。ただし、依頼主については自分は知らされていないの一点張りであった。
徳治の私生児であり仲介業者の松田泰造は運搬業者や廃棄場の手配、また役所への対応などを担い、放射性廃棄物の不法投棄も順当に進んでいた。しかし、旧廃棄場への投棄事件を機に様相は変化した。影山興産内は緊迫した空気が張り詰め、徳治による恐怖政治が敷かれた。
表には出ないが、少なくない数の負傷者や死人もいる。旧廃棄場からの放射性廃棄物回収作業中、三人の若者が死んで倒れているのを見て奈良は血の気が引いて行くのを感じた。そしてこんなものがここに転がっていてはいけないと思い、彼らが乗り捨てたと思われる軽自動車に死体を詰め込み、自動車の不法廃棄場へと車ごと運び、そこへ捨てた。
「それらの事件の糸を引いていたのは誰だね?」
「影山興産の社長、影山徳治です。ちなみに私は影山から指示を受けた時のことを漏らさず手記に書いています。それが証拠になるかどうかわかりませんが、提出させていただきます」
取調官は窓の外に合図をした。すると警官が奈良の自宅へ出向き、奈良の供述した手記を発見した。これにより、警察は影山徳治を重要参考人として逮捕することとなった。徳治は警察の呼び出しに素直に従い、警察の留置所に入れられることになった。
†
留置所の消灯時間もとうに過ぎた頃、一人の留置担当官が徳治の元へやって来た。
「影山徳治さん、ご希望の品を持ってまいりました」
「希望の品? 私は何も頼んだ覚えはないぞ」
「そんな筈はございません。こちらでございますよ」
すると留置担当官の手には真新しいロープの束が握られていた。
「……一体何のつもりだ? 悪ふざけはよせ」
「悪ふざけ? とんでもない。あの方はもうあなたを必要としていないのですよ」
「あの方? 今B県の知事におさまっているあの男か」
「ええ、こちらはほんの贈り物です」
「なにぃ?」
その時、留置担当官の深く被っていた帽子が手を動かした拍子に取れ、顔が露わになった。その顔を見て徳治は腰を抜かしそうになった。
「お、お前がなぜそこにいる。死んだのではなかったのか」
「ええ、あなたの息子、松田泰造は確かに死にました……戸籍上は」
「戸籍上? 死んだのは替え玉だったということか!」
留置担当官に化けた泰造は冷ややかに薄笑いを浮かべた。そして自分が松田泰造として死んだ日のことを思い出した。
†
「遅かったじゃないか……というより何だ、その重装備は。人一人殺すだけだぞ」
「すみません、死体をとにかく粉々にしろと命令されたもので」
「
泰造の横では一人の男が縛られて横たわっていた。
「うぐぐ……」
「こいつは路上生活歴の長い男で、消えたところで誰も気がつかないような男だ。しかも背格好が私とよく似ているときた。替え玉としてはうってつけじゃないか。私の服を着せているから、君たちにハチの巣にされれば間違いなく私の死体だとみな思うだろう」
「あの、そろそろ仕事してもよろしいでしょうか?」
「ああ悪かった、御託を並べている暇はなかったな。せいぜいやってくれ」
泰造が言うや否や、凄まじい機関銃の銃声が倉庫内に鳴り響いた。
†
「つまり、私が雇った刺客を買収して替え玉工作をしたというわけだな」
「そのとおりですよ、お父さん。良い仕事と思いませんか」
「ふん。どうせあの男の指図で全部やったんだろう。お前、あの男に尽くすつもりか」
「ええ、私はもう何度も殺人を犯していて全部裁かれれば死刑は免れないでしょう。でもあの方は私に新しい人生をくれると約束しました」
「いいように使われるだけだ。要らなくなれば捨てられるぞ。そもそもあの男の政治生命はもう長くはないと私は見ている」
「どうせほっておけば死刑になる身です。それよりはましでしょう。ではお届けの品はここに置いていきますね。どう使うかはお任せします。きっとあなたなら潔い英断をなさることでしょう」
泰造は一礼してその場を去って行った。そして徳治は目の前のロープを取るとそれを天井に括り付け、ギュッと引っ張ってきちんと結ばれているかどうか確認した。
†
影山徳治が留置所内で首吊り自殺したことで、雁屋が追いかけてきた佐鳴湖及び浜名湖の水死事件は一応幕を閉じた。影山興産の総務部長であった奈良清人の供述に会ったクリアランスレベル以下の放射性廃棄物を巡る政治絡みの不正については、送検されたものの、証拠不十分で不起訴となった。それでも影山興産は業務が立ち行かなくなり、たちまち倒産に追い込まれた。事情を知る者にはB県知事・北田隆二のスケープゴートにされたようにしか見えなかった。
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