7-2 側近

 二人が生活環境課の阿部哲三を訪ねると、案の定苦虫を嚙み潰したような顔をされた。

​「前にも言ったつもりだがね。私は他人の力を借りるつもりはない。他人の流儀を自分の仕事に持ち込むことが何より大嫌いなのでね」

「阿部さんの気持ちはわかったけぇが、俺ももうすぐ定年だに。この仕事、きちんと片づけて退官させてくりょ」

 雁屋の熱のこもった陳述に阿部はしばらく考える動作をした。そして静かに問うた。

「あんたがたはどこまで知っている?」

 そこで雁屋はこれまでの経緯──阿部を尾行していたことは伏せて──順序立てて話した。

「なるほど、パインが行き場のない放射性廃棄物の裏処理を担っていたことは調査ずみというわけだな。世間はああいう手合いの仕事を見て言うだろう、必要悪だと。確かに人々の非現実的な理想や完璧主義のしわ寄せがパインのような裏仕事によって辻褄合わせがなされているのは事実だ。だが、奴はやりすぎた。何より人の命を軽んじている。何となくうまく行っていそうだからと皆が放置すれば社会は歪む。我々警察はたとえ世間の非難を浴びようともあのような悪は摘み取らんとならんのだ」

「大いに賛成だに。ほんで、俺たちも協力したいだが、何をしたらいいだね?」

「この前の旧廃棄場で死んだ三人遺体を廃車の不法投棄場に移動した人間がいる。おそらくそいつは影山の近くにいる人間だ。そいつを突き止めて欲しい」

「なぜ影山ン近くにいる人間と思うだに?」

「前にも言ったが、あの旧廃棄場にパインの下請けをしたドライバーが、よりによってクリアランスレベル以下放射性廃棄物を捨ててしまった。一介のドライバーには人目につかない無法地帯に思えたかもしれないが、実際には様々な業界人が目を光らせている場所、それがあの旧廃棄場だ。そんなところにある筈のない放射性廃棄物があったと知れればパインや影山だけでなく、B県知事の周囲にまで波紋が広がる。それでパインは旧廃棄場に捨てたクリアランスレベル以下放射性廃棄物を回収し、全国の穴場に散らしたのだ。その回収に当たったのは影山興産の人間だ。しかもトップシークレットだから下っ端の人間などではない。その人物が廃棄物の回収中に三人の高校生の死体を発見したのだ。それを世間が知れば、B県知事が不法に捨てた放射性廃棄物によって人が死んだと世間は囃し立てるだろう。それは何としても避けなければならなかったのだ」

「水死体で発見された村下や佐伯も、旧廃棄場から回収された廃棄物を運んでいたのか……」

 直戸がそういうと、阿部は笑い出した。

「村下と佐伯……きいた話ではとんまな連中らしいぞ。旧廃棄場から回収された廃棄物を、そうとは知らずに元の場所に捨て直したそうだ。影山たちの逆鱗の触れたこと請け合いだ」

「だいたいわかった。我々はミライースのステアリングに残った指紋を手掛かりに高校生の遺体を運んだ人間を突き止めるとするよ」


      †


 そしてミライースのステアリングの指紋からは、意外にあっさりと運転手を割り出せた。そこには田辺親子のものとは違う指紋が検出され、過去の交通違反の記録からその指紋は奈良清人という五十歳の男性のものであることが判明した。そして奈良は影山興産の総務部長であった。まさに影山徳治の側近とも呼べる人物である。雁屋からの情報を受けて生活環境課の阿部は部下に檄を飛ばした。

「よし、奈良清人に任同かけろ!」


 阿部の部下たちは影山興産のまわりに張り付き、奈良の出てくるのを待った。そして出口から奈良が出てくると近づいて行って声をかけた。

「奈良清人さんですね。警察の者ですが、ちょっとお時間よろしいでしょうか?」

「警察の方が私に一体何の御用ですか?」

 奈良がそう言った時、前方からの大型のアメリカンバイクが近づいて来た。

「うわ、危ない!」

 警官たちはバイクを避けた。奈良は呆気に取られてバイクを見ていたが、次の瞬間バイクの運転手は右手にナイフを持ち、奈良に襲いかかった。奈良は地面に倒れ、大量の血を流した。バイクはその時すでに走り去っていた。

「おい、救急車、救急車だ!」


      †


 奈良はまもなく救急車で運ばれ、集中治療室で治療を受けた。幸い急所を外していたとのことで大事には至らなかった。阿部は面会を要求したが、医師が拒絶した。阿部は仕方なく医師の許可が出るまで病院の近辺に車を停めて待機することにした。コンビニで買ったサンドイッチでとりあえず食事を済ませていると、車の窓を叩く者がいた。雁屋と直戸だった。

「差し入れ持ってきたぞ。一緒にここで待つか?」

 阿部は軽くうなずき、ドアを開けて直戸と雁屋を車に呼び入れた。

「やり方がバカ荒けとるで、影山も相当追い詰められとるに」

「ああ、窮鼠猫を噛むだ。ただでさえ危険な男が、何をするかわからない状態になっている。影山の周囲の要人には張り付いていたほうが良さそうだ」

 直戸と雁屋がそのように会話していると、阿部の携帯が鳴った。

「もしもし、阿部だが……何だと? 馬鹿野郎、死ぬ気で探せ!」

阿部が電話口で怒鳴るのを聞いて何か良からぬことが起きたのだろうと察した直戸が訊いた。

「何があった?」

「奈良が病室を抜け出したらしい」

「まずい、刺客に狙われて危険だ!」

 雁屋と直戸も阿部の車から飛び出して、手分けして奈良の行方を追った。しかし、奈良の姿はどこにも見当たらなかった。その時、阿部の携帯にまた着信があった。

「阿部だが、今度は何だ?」

「奈良清人が出頭しています。自白するから保護を求めたいと……」

「何? わかった、すぐ行く」

 直戸と雁屋にも阿部から連絡が入り、彼らも浜松中央署へと急行した。そして奈良清人への取り調べを直戸と雁屋、そして阿部もマジックミラー越しに見守った。

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