6-2 遅れてきた刺客

 その頃、当の松田泰造は港にある廃倉庫の中で、一人運命の訪れを待っていた。


(私はあなたの望みを叶えることだけを考えて生きてきました。そしてこれからあなたの望み通り消えてなくなります……父さん)


 泰造は独身時代にやめていたタバコに火をつけ、肺の奥に吸い込んだ。久々の喫煙でクラクラする感覚が心地良かった。その時、幼少期の思い出が走馬灯のように蘇ってきた。


 泰造は夜の繁華街で働く母親に女手一つで育てられた。といってもまともな養育ではなかった。家事は全般的に泰造がさせられ、少しでも不備があろうものなら罵詈雑言を浴びせられた上、殴る蹴るの暴行を加えられた。学校でも家庭環境を理由にいじめられ、友達は一人もいなかった。そんな泰造の唯一の救いは、時々家に遊びに来る徳治おじさんの存在だった。徳治おじさんはとても優しく大らかな人柄だった。来るといつも付きっ切りで遊んでもらい、悩みごとや愚痴は面倒がらずに全部聞いてもらえた。町に出れば欲しいオモチャは気前よく買ってもらえた。

 そんな徳治おじさんが泰造の実の父親であること……それを知る頃には大人の事情を理解出来る年齢になっていた。そればかりか影山徳治が裏社会で実権を握る人物だということも分かった。さらに徳治には泰造の母親の存在が邪魔になっていたことも悟っていた。

​(こんな女、いなくなった方がいい)

 泰造は母親を亡き者にする機会を虎視眈々と狙った。もし成功すれば父親は自分を認めてくれるはずだと信じたのである。そしてその機会は思ったより早くやって来た。泰造が高校生になったある日、泰造と母親は佐鳴湖畔を歩いていたのだが、母親は束の間、何かに気を取られたように立ち止まっていたのである。泰造は周りに誰もいないことを確かめると、母親を湖に突き落とし、自分も飛び込んだ。そして無我夢中で母親の首根っこを捕まえて溺れさせた。やがてことが切れたのを確認すると、泰造は湖から這い上がって一目散に自宅に帰った。そして何食わぬ顔で自宅で過ごしていたが、間もなく母親の水死体が佐鳴湖で発見され、警察は何かの拍子で湖に転落し、溺れ死んだものと断定した。

 母親を失った泰造は徳治の元に引き取られることになり、泰造は思いのほかことがうまく流れていくことに胸が躍った。しかし、徳治の口から出たのは意外な言葉であった。

「おまえはあれでうまくやったつもりなのか」

「えっ? どういうことですか」

「とぼけても無駄だ。おまえは私にとってあの女が邪魔になったと知り、事故に見せかけて殺したのだろう。それで私に取り入ろうと言う魂胆だ」

「そ、それは……」

「日本の警察をなめるな。子供の浅知恵で事故を偽装したところですぐに見破られる。今回の事故が事件性なしとされたのは私が警察に手を回したからだ。おまえの工作がうまくいったのではない。実際、女の肺の中に湖底の泥成分が検出されたという。この意味がわかるか。第三者に無理やり溺れさせられて抵抗したために湖底が掻き回されたということなんだよ」

「そんな……」

「おまえがもし私の役に立ちたいと思うなら、私に忠実になれ。そうすれば良い仕事ができるようになる」

 その日から泰造は徳治の裏の仕事を手伝うようになった。徳治の指導は厳しかった。だがそのおかげで泰造は二十歳になるころには一人前の裏社会の人間に成長していた。泰造は父親に認められたいという一心で働いた。徳治の喜ぶと思うことは何でもした。徳治の勧める女性とも結婚し、徳治のオファーにはその要求の何倍もの成果を返上していた。しかし……どれほど成果を上げても父親に認められているという実感は得られなかった。


 そんな中、手下の村下と佐伯がヘマをした。そのために彼らを消さざるを得なかったが、その時徳治が泰造にも消えて欲しいと思っていることを知ってしまった。


(だから消えてあげますよ、父さん)


 そんなことを考えていると、錆びついた倉庫の扉がきしむ音がし、何人もの武装した男たちがなだれ込んで来た。その手には激戦地で使用されるような立派な機関銃が握られていた。

(ふっ。たかだか人間一人殺すだけなのに大層な装備だ)

 泰造はくわえていたタバコを床に投げ捨て、武装した男たちに向かっていった。


「遅かったじゃないか……」

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