6-3 少年の夢

 喜一は狭い軽自動車の後部座席で小さくなりながら、早く車を降りたいと思っていた。おまけに運転手の技術が未熟で、急発進、急ブレーキを繰り返し、最悪の乗り心地だった。

「うげ、酔うー。っていうか田辺、お前運転下手過ぎ」

「匠、おまえ運転出来ねえくせに横からごちゃごちゃうるせえんだよ。黙ってろ!」 

(無理もない、無免許運転だからな)

 喜一はため息をつき、前方座席の険悪なやりとりから目を逸らすように車窓を眺めた。車はやがて明るい人里から離れ、暗い夜中の山間部へと突入した。そして窓からは道路標識と山々の黒いシルエットしか見えなくなった。

「おい、観音山は右だって標識に書いてあるぜ。右寄らなくて良いのかよ」

「ナビは直進だって言ってるんだよ。それにきざはしへは北側から入って行くんだよ」

「本当に大丈夫なんだろうな」

「うるせえ、いちいち話しかけんな。目的地に着くまで寝てろ」

 しばらく進むとカーナビが「500メートル先、左へ曲がります」とアナウンスした。

(おかしい。地理的には観音山は右側にある筈なのに、どうして右に出る? これはカーナビの誤認識かもしれない)

 そのことをアドバイスしようと思ったが、無免許運転の田辺は慣れない山道の運転でかなりテンパっていて、とても人の助言を受け止められる状態ではなかった。さっきまで騒がしかった助手席の匠は激しいを立てて寝ていた。喜一の隣に座っていた宮地もけたたましいいびきを立て、デュエットの合唱となっていた。

 やがて車はカーナビの指示通り右折した。すると道幅の狭い峠道へと突入し、運転覚えたての田辺にはかなり厳しい状況となった。峠をハイスピードで降りてくる対向車と何度もすれ違い、ニアミスでヒヤリとする場面もあった。流石に喜一も物申さずにはいられない。

「なあ田辺、道を間違えたんじゃないのか。こいつらが寝ている間に引き返した方がいいぞ」

「……いや、しばらくこのまま行ってみる。行かないと後で匠がうるせえからな」

 と言って助手席を指差したので喜一は田辺の思うがままにさせた。カーナビの画面を見る限り、車は順調に目的地に向かっているように見えたが、喜一の感覚では既に観音山から遠ざかっているように思えた。そしてカーナビの示す目的地が近づいた頃、車は狭い小道に入った。人気のない場所ではあるが、舗装代わりに鉄板が敷き詰められていることから、自動車の通行を目的とする道であることがわかる。その鉄板の道をしばらく進んだところでカーナビが目的地への到着を知らせた。

「着いたぞ。おい、お前らも起きろ」

 田辺がそう言うと、居眠りしていた匠と宮地が起きてきた。全員車から降りて、匠が携帯電話のライトを点灯させながら先頭を歩いた。

「あの先の丘のようなところ、その向こうは崖じゃないか?」

「そうだな、行ってみよう」

 四人は丘の方に歩いて行った。たどり着くと、案の定その向こうは切り立った崖となった。

「これが呪いのきざはしか? 何にもねぇじゃんかよ」

 匠がそう言った時、妙な悪臭が喜一の鼻をついた。

「誰か屁ぇこいただろ、くっせぇ」

 田辺が鼻をつまんで言った。

「俺じゃないからな」

「俺も違うぞ」

 そう言って皆が口々に自分の仕業ではないと言い張った時である。

 ヒューという薄気味悪い音が聞こえた。

「何なんだ? 今の音……」

 匠がそう言ったかと思うと、急に倒れて地面に突っ伏した。

「おいおい、しゃれなんねえよ」

 そう言った宮地が今度は倒れた。喜一は彼らの顔を叩いて「おい、しっかりしろ!」と叫び、脈を確認したが二人とも既に事切れていた。

「死んでる」

「やべえ、逃げよう!」

 生き残ったのは田辺と喜一だった。二人は車のところまで全速力で走った。やっと車のところについたと思ったら今度は田辺が力尽き、息絶えた。

「おい、しっかりしろ! お前がいないと車が出せないじゃないか!」

 喜一はそう言って何とか目を覚ませようとしたが、反応はない。仕方なく喜一は運転手のポケットからキーを取り出し、車に差し込んでエンジンをかけた。AT車はゴーカートみたいなものだと聞いたことがあったので、その場しのぎで何とかなる気がしたのだ。ギヤをDに入れれば動くことは先ほどのドライブで確認済みだったが、どれだけ力を入れてもシフトレバーが動かない。仕方なく喜一は車を乗り捨てて麓めがけて走って行った。そしてようやく人里まで辿り着いたと思ったら、トラックに跳ねられて気を失った。


      †


 気がつくと、丸い蛍光灯のぶら下がった天井が見えた。

(あれ? ここはどこだ?)

「キー兄、大丈夫かよ。うなされてたぜ」

 振り向くと、横で寝ているユウスケが喜一に話しかけていた。喜一は思い出した。昨晩、千々岩園長が遅いから泊まって行きなさいと言ってくれたので、その言葉に甘えることにしたのだ。

(……と言うことは、今のは夢か。いや、ただの夢じゃない。記憶が夢として現れたんだ!)

 喜一は急いでノートと鉛筆を取り出し、今見た夢の場面をことごとく描き出した。そして登場した三人の人物画を携帯で撮影し、恋空に転送した。朝早かったので返信までしばらく時間がかかったが、彼女はこの三人が行方不明中の三人で間違いないとメールで返信してきた。

 出発の支度をする喜一をユウスケがうらめしそうに見た。

「また行っちまうのかよ。せっかく戻ってきたってのに」

「すまんな、ユウスケ。今の僕は完全に戻ってきたわけじゃないんだ。色々確かめて来て、心の底からここが自分の家だったと思い出せるようになったら、その時はちゃんと帰って来たいと思う」

「わかったよ。しっかりやれよ」

 喜一はユウスケと固い握手をして施設を後にした。

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